悪役令嬢は敵意の中で咲き誇る ~婚約破棄からの公開処刑、タイムループにラスボスを添えて~
天宮暁
第1話
「見損なったぞ、アンネローズ! ティエナ嬢への嫌がらせの数々、もう知らないとは言わせない! 君との婚約は今日この場を限りに破棄させてもらう!」
クライス王子の言葉に、パーティ会場がどよめいた。
アンネローズに指を突きつけ、鼻息荒く「断罪」の言葉を放ったクライスの背後には、王子の取り巻きである貴族の嫡男たちがずらりと並んでいる。
いずれも、親の仇でも見るかのような鋭い視線をアンネローズへと向けていた。
アンネローズは内心でため息をつく。
……舞踏会の最初から、嫌な予感はしていたのですよね。
クライス王子とその一派がなにやら不穏な動きを見せていることには、アンネローズとて気づいていた。
――わたくしを「断罪」するための証拠集め、のようでしたが……
やってもいないことに証拠など出るはずがないと、アンネローズはその動きを放置してしまったのだ。
証拠がつかめず諦めるのならそれでよし。もし証拠をでっち上げてきたら反証すればいいだけだ。
王子たちの能力を思えば、その証拠もどうせずさんなでっち上げだろう。
だが、たとえでっち上げであろうと、王子がその政治的な力を使ってゴリ押ししてくる可能性もなくはなかった。
しかし、そうであっても問題はない。
アンネローズの父は、貴族筆頭で宰相でもあるマルベルト公爵だ。
まだ立太子もしていないクライス王子より、貴族界での影響力ははるかに大きい。
国王陛下からの信頼も絶大だ。
たとえクライスが王子の立場をかさにきて誰かに偽証させようとしても、相手が父では返り討ちに遭うだけだろう。
……と、アンネローズは思っていたのだが。
まさか、ろくな証拠もなしに、この場の雰囲気だけでわたくしを「断罪」しようとなさるとは思いませんでしたね。
顔はいいが頭は軽い……とかねがね思ってはいたものの、さすがにこんな暴挙に出るとは思わなかった。
いや、
――そそのかされた、ということでしょう。頭の軽い殿下に、こんな演出が思いつけるとは思えません。
アンネローズは、クライスの腕にしがみつき、その背後に隠れて怯えたふりをしている少女に目を向ける。
一見、か弱い小動物のようにおどおどしているが、とんでもない女だ。
ここにいる錚々たる男性たちをまとめて虜にしてしまったのだから。
……わたくしは彼女のことを甘く見ていたようですね。
いくら王子とはいえ、自分の恋人をいじめたというだけで、貴族令嬢に罰を与えるのは難しい。
その恋人が正式な婚約者でないならなおさらだ。
……もっとも、今の場合、クライスの正式な婚約者は他でもないアンネローズなのだが……。
クライスは、婚約者がいるにもかかわらず、他に恋人をこしらえたことをあけっぴろげに宣言したことになる。
常識的に考えれば、非難に値するのはクライスのほうだろう。
仮にアンネローズがティエナ嬢を本当にいじめていたとしても、権謀術数の渦巻く貴族界ではよくあること。
アンネローズはクライスの婚約者なのだから、内々の場でたしなめて態度を改めさせればいいだけだ。
……実際には、アンネローズはクライスの口にした「事実」になんの心当たりもないわけだが。
むしろ、周囲から何かと浮きがちな彼女をそれとなく助けてあげていた記憶しかない。
貴族の世界で恩を仇で返すことは珍しくもない話だが、さすがにここまでの事例は稀だろう。
――殿下の王子としての立場を考えればなんの得にもならない愚行……なのですけれど。
かといって、この「断罪」になにも意味がないわけではない。
こうも公然と意中の相手は別にいると宣言されてしまえば、さすがに婚約者を続けるのは難しい。
また、王子の不興を買ったさまを見せつけることで、アンネローズを王都に居づらくする程度の効果はあるだろう。
アンネローズの父であるマルベルト公爵が、王子の目をはばかって、ほとぼりが冷めるまでアンネローズを僻地や国外に送る……といったことはありえる話だ。
……わたくしを排除するのが王子の……いえ、ティエナ嬢の目的ということですね。
いまだに続くクライスの断罪の言葉を聞き流しながら、アンネローズはそんな結論に至っていた。
だが、アンネローズは、まだ王子たちのことを
反省の色を見せないアンネローズに業を煮やしたクライスは、とんでもないことを言い出した。
「――即刻、この場でアンネローズを処刑せよ!」
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