第27話

「この先からボスの気配がします」


 と、クレアが警告してくる。

 最初は先行して偵察役を買って出ていたクレアだが、今はアンネローズの隣に並んでいる。

 アンネローズ自身もクレアから偵察のノウハウを学びたかったからだ。


「ボス? 階層開放の?」

「いえ、大ボスではなく、中ボスですね」

「中ボスは倒してもいいのよね?」

「ええ。事前に討伐許可が必要なのは大ボスだけです」

「探索者が勝手に階層開放を進めたら困るものね」


 ダンジョンの廃材でつくられた積み木(積み石?)のような街並みを思い出し、アンネローズが相槌をうつ。


「それもそうですが、大ボスは計画もなしに倒せるような存在ではありません。白金プラチナであっても、単独での撃破は困難でしょう」


 「不可能」ではなく「困難」と表現するあたり、クレアは自分ならばやってできないことはないと思っているのだろう。


「中ボスはどうなの?」

「お嬢様ならば問題はないかと」

敵意の中でヘイト咲き誇る薔薇・ローズ込みで?」

「そのほうが安全とは思います。初回はひとまず使ってみてはいかがでしょうか?」

「初回は?」

「中ボスは定期的に湧きリポップしますので」


 初回は安全を確保して戦いに慣れ、次回以降は制限をかけて戦えばいい、ということか。


「わかったわ。どんな中ボスなのかしら?」

「大型の擬獣型ベスティアですね。この感じは、ベビーモスではないかと」

「……ベビー・・・のほうよね?」

「ベヒーモスがいるようでしたら、とっくに逃げ出していますよ」

「あら、わたくしを置いて?」

「お嬢様を抱えて、です」


 ベヒーモスは、言わずとしれた伝説の巨獣。

 ベーモスは、それを小さくしたような類似の擬獣型ベスティアだ。

 ベビーモスは、水牛を象ほどの大きさにしたような巨体と、二本の巨大な金属の角を持っている。

 ベビーなどと言われていても、十分以上に巨大な禍獣カースドだ。

 なお、ベビーモスが育ってベヒーモスになるわけではなく、まったく別種の禍獣カースドだと言われている。一部を除いて、禍獣カースドが成長することはない。


 擬獣型ベスティアだけに知能は高くないが、圧倒的な巨体とその重量はそれだけでも脅威。地面に反発するように反り返った金属の角は、突き刺すよりは上から叩きつぶすように使ってくるという。また、鈍い光沢のある表皮は特殊な金属でできているらしく、生半可な攻撃は通じない。


 では、距離を取って遠隔攻撃主体で戦えばいいのだろうか?

 否。ベビーモスは、二本の角のあいだに雷球を生み、それを飛ばすという攻撃手段を持っている。雷球は、準備時間こそ必要なものの、射程、範囲、威力ともに高い。一度発動してしまえば、雷の性質上、体当たりや角による叩き潰しよりも回避が難しい。

 ただし、予備動作が大きいので、熟練の探索者ならば予備動作を見てからでも回避が間に合う。

 逆に言えば、慣れていない探索者では避けきれずに一撃でやられることも多いということだ。


 ……なお、クレアの想定における「熟練の探索者」とはゴールドランク以上の探索者のことである。世間的に見れば熟練者の中でも上位の部類に入るのだが、さして苦労せずに白金プラチナになったクレアは、そのあたりの相場勘には鈍かった。


 ともあれ、ベビーモスという中ボスは、シルバー以下では危うく、ゴールドでも相性によっては苦戦を強いられる強敵である。

 実際、ギルドではベビーモスは中ボスの中でもとくに危険、大ボス並みの覚悟と準備が必要だとされている。

 アンネローズのベビーモスについての知識は、「前回」学院の座学で習った範囲を出ない。その現実的な脅威度を実感としては知らないのだが、

 

(クレアが大丈夫と言うのなら大丈夫なのでしょう)


 探索者としてのクレアの腕はもちろん、自分の侍女としてのクレアの慎重さを信じることにした。


「魔術師に防御障壁や結界、避雷魔法をかけさせて、突進をかわしながらじわじわと弱らせていくのがセオリーだったわね」

「そのとおりでございます」

「……それって、一般的には複数人で臨むべき相手ということではないのかしら?」

「お嬢様なら大丈夫でしょう。もしご面倒なら、避雷は担当いたしますが?」

「いえ、やってみるわ」


 アンネローズはそう言って金属製の剣をクレアに預ける。

 金属は雷を吸い寄せる。雷を使う相手に金属製の装備は厳禁だ。

 その上、特殊な金属でできたベビーモスの表皮には、剣の刃が立ちにくい。

 アンネローズの盾には絶縁加工が施されているが、ベビーモスの攻撃を盾で受け止められるはずがないので、今回は背負ったままでいいだろう。

 アンネローズは右手を握って、左の手のひらを軽く打つ。


「行くわ」


 アンネローズが暗がりを飛び出した。

 自分の部屋への闖入者に、ベビーモスがのそりと頭をもたげようとする。


 だが、アンネローズの動きは速かった。

 アンネローズはベビーモスの角の片方に接近し、腰を落として拳を突き出す。

 龍拳乱舞ドラゴニック・レイヴ――ではなく、徒手で戦う武闘家が使う「発勁」だ。下半身から腰へ、腰から胴へ、胴から腕へと、全身の力をくまなくねじりあげ、螺旋の原理で打ち出す技法。アンネローズはそこに、接触した対象に指向性の衝撃を与える「インパクト」の魔法を重ねている。


 ベビーモスの金属の角に、アンネローズのインパクト付き発勁が打ち込まれる。

 粘土のように、角がゆがんだ。

 その角の根元もまた、受けた衝撃で押し潰され、体液や体組織が飛沫となって飛び散った。

 頭蓋骨が歪んだか、ベビーモスの口は斜めにずれたまま半開きになっている。

 その隙間から漏れるのは、重く低い苦悶のうめき。


「あら?」


 思った以上にもろかった。

 あるいは、アンネローズの攻撃が強すぎたのか。

 ともあれ、今がチャンス。

 角がこの状態では、角による押し潰しも、雷球の発射もできないだろう。


 しかも、今の攻撃で、ベビーモスの敵意がアンネローズに向いている。

 すかさず敵意の中でヘイト咲き誇る薔薇・ローズを発動すると、猛烈な力がアンネローズの身体に溢れ出す。


「これは……すごいわね」


 巨躯を動かすための筋力。

 雷球を生みだすための異能。

 そして、それを可能にするための膨大な魔力。

 人ならざるものの持つチカラのすべてが、アンネローズに上乗せされる。


 巨獣の筋力と、雷球の魔力。

 どちらを使おうか、と一瞬迷う。


「直接殴るよりは雷球のほうがいいでしょうね」


 そのほうが返り血を浴びずに済むだろう。

 クレアに調達してもらったばかりの装備を初日から汚すのは申し訳ない。

 アンネローズは両手を向かい合わせにすると、


「コオオオオオ……!」


 呼気とともに、両手が帯電した。

 手と手のあいだに稲妻が走り、紫電の塊が生み出される。

 それをコントロールするのは、ベビーモスからコピーした専用の感覚だ。雷を、まるで手足の延長のように扱える。

 だが、手の中の雷に働くのは、ベビーモス由来の感覚だけではなかった。


(これは……?)


 生み出した雷に、大魔法グラン・マジックの感覚の名残りが反応している。

 ベビーモスは肉体的な感覚の延長で雷を扱っているようだが、大魔法グラン・マジックの感覚はアンネローズが魔法を使う時の感覚に近い。ただし、アンネローズの魔法感覚よりも、はるかに洗練され、はるかに強力な感覚だ。

 魔法とは、この世界の不思議中の不思議だとアンネローズは思う。

 今も、雷球を手の中に生み出した途端、それを解き放つのに最適な魔法の「名」が、脳裏に自然に浮かび上がってくる。


電離爆雷プラズマボム!」


 射出された雷球が、雷の速度でベビーモスの半開きになった口内に吸い込まれる。

 直後、爆発。

 赤い球が、ベビーモスの巨体を内側から蒸発させる。

 アンネローズは知らないことだが、雷によってプラズマ化した空気が赤い球電に変化したのだ。

 「雷」と聞いてアンネローズがイメージした現象とは違ったが、威力もまた想像以上のものだった。

 ベビーモスは高熱で溶かされ、高圧でちぎられ、溶けた金属片と焦げた肉片の混合物となって、中ボス部屋の床や天井を血錆色にメッキした。

 アンネローズのほうは、途中でやばそうだと気がついて、大きく距離をとっていたので無事である。


「お嬢様! ご無事ですか!?」


 クレアが慌てて駆け寄ってくる。

 無事か、というのはもちろん、「ベビーモスの攻撃を受けていないか」ではなく、「アンネローズ自身のなんかやばそうな術で自爆していないか」の意味だろう。


「ええ、無事よ」


 アンネローズは苦笑交じりにうなずいた。

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