第8話
「……いえ、そのことも大事だけど、大元の問題を忘れているわね」
「聖女の祈り」についても考える必要があるが、今はそれより先に考えておくべきことがある。
――時間のことだ。
「わたくしはアルバ暦1000年の王立貴族学院卒業記念パーティで、あの非常識な『断罪』を受け、戦いの末に命を落とした……はず。ところが、わたくしは実家のベッドの上で目覚めて、今はアルバ暦997年だという」
貴族学院は三年制で、アルバ暦1000年の卒業生というのは、アルバ暦1000年に三年生となり、そのまま無事に卒業したもののことを言う。
つまり、あの卒業記念パーティが行なわれたのは、アルバ暦1001年
クレアによれば、今はアルバ暦997年
「学院に入学するちょうど一年前、ということね」
アンネローズは
アンネローズはベッドから降り、鏡台の扉を開いて自分の顔を映してみる。
ウェーブのかかった腰に届くほどの豪奢な金髪。
薔薇のような真紅の瞳。
やや切れ上がった目尻と、すらりと理想的な曲線を描く鼻梁……。
それらの要素は毎日見慣れたものだったが、全体的に幼く見える。
十八歳のときの自分は、少女の名残を残しながらも、半ば以上は大人の女性といっていい容姿になっていた。
幼さが抜けたことで、元から「キツい」と言われがちだった顔立ちがさらに近づきがたい雰囲気を醸し出すようになっていたのだが……そこまでは、アンネローズ自身は気づかない。
だが、今目の前に映っている「自分」の顔は、最新の記憶にある自分のものより何歳か幼い印象だ。
……いや、実際に四歳分だけ幼いのだろう。
やや大人びてはいるものの、来年貴族学院に入学する少女だといわれて違和感のない外見である。
「百歩譲って、あの馬鹿げた断罪騒ぎが現実に起きたことだとしましょう。どんなに馬鹿げていても、現実に起こりえないとまではいえないわ」
アルバ王国の歴史をひもとけば、その手の愚劣なゴシップは星の数ほど見つかるのだから。
「でも、時間が戻る、なんてことが現実に起きるものかしら? なぜ? どんな力によって?」
それも、あの断罪騒ぎの真っ最中という特殊なタイミングで、だ。
「……偶然ではないのでしょうね。あの場で起きていたことの中に、わたくしが時間を遡ることになったなんらかの理由があるはず」
婚約者から公共の場で断罪され、婚約破棄を言い渡されたショックで、自分の精神が過去に戻ってしまった?
「……ないわね。ショックではあったけれど、いつかこうなるような気はしていたもの」
婚約破棄の責任が100%王子にあるのは、傍目には明白だ。
あんな王子と結婚しないで済んだ上に、王子の不始末のつぐないとして、王からの補償も期待できる。
その意味では、うまく行っていた。
アンネローズがすくなからず傷ついたことを除けば、だが。
「そもそも、どんなに人を恨んで死んだとしても、怨念で時間を遡ったりはできないわよね?」
そんな
「そう、
アイザックの
そして、そのすべてを「上乗せ」した
最後には、伝説の存在だと思われていた「聖なる祈り」まで発動している。
「……でも、珍しいとはいえ、戦場では起こりえることよね」
戦場でも、
しかし、アンネローズが知る限り、
アンネローズはしばらく考えてみるが、これといった仮説は思いつかない。
「ひとまず、あの場の混乱がなんらかの作用をしたと思うしかないのかしら……」
そこで、廊下から朝食の準備が整ったことを知らせる声がかかり、アンネローズは思考を中断することにした。
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