第17話

 根気強い説得によって、アンネローズは父である公爵からダンジョン探索の許可をなんとか得ることができた。

 「絶対深くは潜るなよ、絶対だぞ!」と、公爵はしつこく念を押し、クレアにはアンネローズが無理をしそうだったら首に縄をつけてでも連れ帰れと厳命した。

 ……ほんの数日で娘への愛が激しくなりすぎではないだろうか。


「ここが迷宮都市サイローグなのね」


 荒野の中央、丸くへこんだ窪地の中に、その街はあった。

 窪地、といっても、それは天然の盆地のようなものではない。

 人の手によって大地に穿たれた大穴の底に、灰色の石造りの街ができている。


 街としては中規模だろう。ローゼンベルク公爵領最大の都市ローゼンベルクにくらべればかなり小さいが、それ以外の街の中では中堅どころの大きさだ。

 ただし、この街は人口密度が高いことで有名だ。

 人口密度という意味では、ローゼンベルクはもちろん、王都をも凌ぐという。


 しかし、それだけ栄えている、という見方は一面的だ。

 この街が過密なのは、大地に穿たれた大穴という限られた面積の中に、それだけ多くの人間がひしめきあっているからにほかならない。

 切り出した石を積んだだけ、といった感じの角張った建物が隙間もなく林立し、そのあいまを薄汚れた身なりの貧しい人々が肩をすりあわせながら行き交っている。


「……想像以上ね」


 と、アンネローズはつぶやいた。

 豪奢な金髪をポニーテールに結い上げ、特徴的な紅い瞳を色付きの眼鏡で隠している。

 首から下も、探索者にふさわしい動きやすい格好で、その上に砂色のマントをはおっていた。

 その隣には、似たような格好のクレアが立っていて、複雑そうな表情で蟻の巣穴のような街を眺めている。


「猥雑な街です。正直、お嬢様を連れていきたくはありません」


「悪いけど……」


「わかっております。お嬢様が本気でいらっしゃるということは」


「ごめんなさいね、迷惑をかけて」


「いえ、お嬢様のお役に立てるのなら」


 と言いつつも、街を眺めるクレアの顔にはためらいがあった。


「この街――迷宮都市サイローグの概略についてはご説明いたしましたね?」


「ええ。ダンジョンの上に築かれた街。いえ、ダンジョンを掘り下げて築いた街、といったほうが近いのかしら。一攫千金に命を賭けるしかなくなった探索者たちが集まる、通称『アルバ王国で最も危険な街』……」


「ここも王国領である以上、王の法が適用される……というのは建前にすぎません。力がすべての探索者モグラたちを法に従わせるには相当な兵力を置く必要がありますが……」


「そこまでして無法者たちの治安を守ることに、国は価値を見いだせない、ということね」


「いずれにせよ、モグラたちは統制の取れぬ烏合の衆。ダンジョンで鍛えたその力は侮れませんが、結束して国に逆らうような事態は考えられません」


「ダンジョン産品は高額で取引されることもあるのよね? それでも、国が直接支配するだけの旨味はないのかしら?」


「たしかにダンジョンで手に入る武器・防具・道具は優秀ですが、代えがきかないというほどではありません。剣や槍などは、鉄製のものでも人を殺すには十分です」


「まして、貴族には祝力ギフトの持ち主が多いものね。あえてダンジョン産の魔剣のたぐいを求める必要もない、か」


「もちろん、魔剣のようなものがぽろぽろ出てくるようでしたら話はちがったのでしょうが……」


「あら、そうではないの?」


「ええ。ダンジョン産品というと魔法のかかった武器防具というイメージがありますが、実際にはダンジョン産品のほとんどは『ジャンク』です」


「ああ、あれよね。効果のよくわからないクッキーやケーキ、酒瓶、花束、安っぽいペンダント、額縁に入った下手な絵、中身が白紙で一度開くと消えてしまう革表紙の本、とか」


「…………よくご存知ですね」


 クレアに言われて、アンネローズはぎくりとした。

 アンネローズは「前回」の学院生活で、貴族学院のダンジョン実習を受けている。

 そのときにダンジョンで見つけたのは、今列挙したような効果のわからない謎の「アイテム」だ。

 効果がわからない……というよりは、はっきり言って効果なんて全然なさそうにしか見えないガラクタばかり。

 クレアが「ジャンク」と呼んだのも納得だ。

 国の研究者の中にはそうした「アイテム」に隠された効果があると主張するものもいるが、今のところ効果がはっきりと立証されたという話は聞いていない。


 ――これらの「アイテム」の価値が、ゲーム知識・・・・・のない・・・アンネローズにわからないのも無理はない。


「研究者は『アイテム』と呼んでいるみたいだけど、その名前の由来も不明だったわね」


「そうなのですか? モグラたちはゴミ、クズ、ジャンク、など好きなように呼んでいました」


「…………そういえば」


 アンネローズは不意に思い出した。


 「前回」、ダンジョン実習があったときには、ティエナ嬢は必ず「アイテム」を持って帰っていたわね……。


 同級生からなぜそんなものを持ち帰るのかと聞かれると、「実習の記念ですっ!」と答えていた。

 その様子が男子たちからはかわいく見えるらしく、そんなことがあるたびに、ティエナは周囲の男子たちからさらに好かれるようになっていた。

 いや――


 ……「おすそわけですっ!」と言って、アイテムの一部をそんな男子たちに渡していなかったかしら?


 使いみちのないアイテムであってもプレゼントするくらいの役には立つ……ということか?

 ティエナのことだから、いらないアイテムを適当な男子に押し付けていただけかもしれないが。

 そこまで考えて、アンネローズははたと気づく。


 ……いえ、それはおかしいわ。

 いらないのなら、最初から持ち帰らなければいいだけのこと。

 わざわざ持ち帰った以上、彼女はアイテムになんらかの価値を見出しているはず。

 それなのに……男子たちに「おすそわけ」?


 多分に気分屋な彼女のことだ。

 記念にと思って持ち帰ったものの、地上に戻ってみるとやっぱり邪魔に思えてきて、体よく他人に押し付けることで処分した……という見方も、できなくはない。


 しかし、勝手気ままに見えるティエナだが、無駄な努力を嫌うという面もある。

 かさばるアイテムをダンジョンから持ち帰っていたのにも、何か実利的な理由があるはずだ。


 まさか……彼女はアイテムの使いみちを知っている?

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