第4話


 一緒に帰ろうぜ。


 というツツミチの提案を蹴ったのは、尾けてきている奴らが居るせいだった。大半は追い払ってくれたが、それでもコソコソと着いてきている奴らは居た。


 オレとしては梨花がどうなろうと知ったこっちゃないが、それでソラにまで迷惑が掛かるのは避けたい。


 家自体はオートロック的なマンションだから問題ないが、早々に諦めてもらう必要がある。


 我が家は高校から真っ直ぐ行って、公園を横断した先にある。


 割と近いので、遠回りをすることにした。とりあえず駅に出たオレは、人ごみを探してみる。東京でもベッドタウンで有名な我が街に、そんなものが出来る場所があるわけが無かった。


 仕方ない、撒くか。中学の時に鍛えた自慢の脚で、オレは神奈川サイドへと向かった。


 我が街は駅を境に東が東京都、南が神奈川県となっている。山を切り開いて作った街なので、非常にこう配が多い。ここで鍛えた我が脚力に敵うもんなら、追いついてみたまえ。


 駅を大きく迂回し、ロータリーへと躍り出る。後ろを見ると、追跡者も追いかけてきた。あいつら隠れる気あるのかと思う程、堂々と走ってきたではないか。


 それなら、神奈川サイドから大きく山を登って、我が家に帰るとしよう。ロータリーから歩道橋を駆け降りて、神奈川サイドに躍り出ようとした時だった。


 階段を降り切った所で、目の前に人が居るのに気が付いた。このままじゃ衝突してしまう。オレは大きく左に跳ねると、見事に人との衝突は免れた。


 代わりに頭に大きな衝撃が走った。


 理由は分かっている。人との接触を封じた代わりに、その相手に壁を選んだからだ。大きく頭をぶつけてしまったオレは、あまりにもの痛さにその場で蹲った。


「ねぇ、大丈夫?」という声は女の子のものだった。


 女性の前でカッコ悪い姿を見せてしまった。痛みに涙をこらえながらも、大丈夫だとオレは告げる。顔を上げると、目の前の女子はウチの制服を着ていた。


「ええとぉ、押立くんだよね? ……確か」


 彼女の顔を見た瞬間、オレは固まってしまった。オレがぶつかりそうになった相手は、メアリーそっくりの同級生。大丸アオさんだった。


「あっ、めっ、えっと……」


 メアリーと言ってしまいそうになりながらも、なんとか口を動かしてみる。


「大丸、あ、アオさん。……でしたっけ?」


「うん。覚えていてくれたんだぁ……」と彼女は花のような笑顔を向けた。


 メアリーさながらの微笑みに、緩んでしまいそうな顔を引き締めながら、オレは会話を続けようと試みる。


「大丸、さんは……こ、こっち? なの?」


「うん。歩いて帰ろうかと思ったんだけど、また迷いそうだからバスにしようかとぉ」


 話を聞いてみると、彼女の住んでいる所はどうやら神奈川サイドのようだ。迷う程に道は入り組んでいない筈だけど、それでも土地勘の無い人には難しいのだろうか。


 駅の方かと尋ねてみたら、その通りという返事が来た。大した距離じゃないし、オレも追手が居る以上は真っ直ぐ帰れない。


「それなら、案内しようか?」とオレが言った。


「いいの?」と彼女は嬉しそうな顔をした。その表情にこっちも釣られてしまいそうになる。


「あとぉ、わたしはアオでいいよ」


「ん。じゃあ、オレもクロでいいぜ」


「二人とも色の名前なんて奇遇だねぇ」と彼女は、はにかんだ。その顔を見て、オレの心は大きく高鳴った。


 やっぱり彼女はメアリーなんじゃないかと思った。本当はオレを覚えているから、会ったばかりだというのに名前呼びを勧めてくれたり、嬉しそうな笑顔を向けてくれるんだ。


 一か八か、試してみる価値はありそうだ。メアリーならば分かるような質問を、一度オレはぶつけてみる。


「ときにアオさん。スコーンを食べる時、ジャムとクリーム。どっちを先に乗せる?」


 メアリーはお茶会の時、スコーンにジャムとクリームをたっぷり乗せて食べる。


 お嬢様なのに上品ぶらないのが、彼女の魅力だ。その際は先にクリームから乗せて、次にジャムというのが彼女の強いこだわりだった。


 もし大丸アオさんがメアリーならば、絶対にクリームと答える筈だった。だが、コトはそう簡単に運ばなかった。


「スコーンって、洋菓子の? わたし、食べたことないんだぁ」


 あれっ、とオレは思った。嫌な予感はしたが、今度は別の質問をしてみる。


「あんまり紅茶って飲まない?」


 スコーンは食べる機会が少ないから仕方ない。紅茶なら飲もうと思えば、いくらでも機会は作れる筈だ。彼女がメアリーならば、間違いなく紅茶が大好きだ。


「そうねぇ。緑茶の方が好きかも」


 こいつぁ、メアリーじゃない。メアリーによく似た日本人だ、とオレの心の中でギムレットが兵士さながらの声で言った。今日の夢見のせいで、もしかしてと期待していただけに、衝撃は大きかった。


 引きつってしまいそうになるのを堪えながら、オレは引き続き案内を続けた。


 駅まで歩いている間、彼女と何気ない話は続けた。生まれは京都、洋菓子より和菓子が好き。勉強もスポーツもあまり得意じゃない、料理も苦手、裁縫も針に糸が通せないレベル。彼女を知れば知るほど、メアリーから遠ざかっていくのを感じた。


 早まらなくて良かった。オレは心の底から思った。


 入学初日でまだ何も分からない相手に「実は前世で貴女と恋人でした」なんて言われたら、この上なく気持ち悪いに決まっている。


 彼女の家の最寄り駅は、中学の先輩の友達の家に近かった。「ここからなら分かる」と彼女は微笑んで、ペコリと頭を下げてくれた。


「おおきに。案内、ありがとう」


「いえいえ」とオレは言った。おおきに、という言葉が可愛いと思ってしまった。彼女はメアリーじゃなくても、完全にオレの好みになってしまった。


「また、明日」


 朗らかな声出して、彼女は手を振った。オレも手を振り返すと、少しだけ明日が楽しみになったような気がした。


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