第38話
最初と同じで、アオさんと南さんが一台ずつ別れて焼く流れとなった。
流石というか、ツツミチと違って二人とも生地を入れる時点から違った。
奴は雑に入れていたから、型から駄々洩れだったし、所々ちゃんと入っていなかったのもあった。やはり女性だけあって、あんな適当な男とは訳が違う。
「俺も何か手伝った方がいいか」とソラが問う、オレも何かと便乗しようとしたら止められる。
場所を提供してくれた押立組は、ただ食べていてくれているだけでいいらしい。要は野郎は黙って座ってろ、という意味だろう。
こっちも下手に動いて、ツツミチ以下の代物が出来てしまったら笑えない。ここは黙って、流れに身を任せようじゃないか。
順番的に次はアオさんの自己紹介になるが、焼いているのに大丈夫なのだろうか。生地を入れ終えたアオさんが、問題ないという表情を見せた。
「大丸アオ、十五歳。射手座の……型」
射手座の後の言葉が詰まったのか、イマイチ何を言っているのか分からなかった。型って聞こえた気がするが、もしかして血液型か。
「ああ、アオちゃんA型なんだ。だから、さっきクロくんに噛みついたんだね」
上谷戸きのみの一言に、アオさんは顔を真っ赤にして黙ってしまった。滅多に見られない表情のような気がして、何だか少しときめいてしまいそうになる。
「京都出身、好きな食べ物は甘いもの。以上! 次、南さん!」
さっさと終わらせたいのか、アオさんは畳みかけるように自己紹介をする。急に振られた南タマキさんは、驚いて竹串を落としそうになった。
「次、タマちゃんって言っても。慣れてるアオちゃんと違って、焼きながらで大丈夫なの?」
梨花が言うと、南タマキさんも神妙な面持ちになる。
「ううっ、ちょっと……むつかしいかも」
「それじゃ、アオちゃんへの質問タイムにしよう」
「ええっ?」
ネタフリに振り返される想定をしていなかったのだろう。いきなりの上谷戸きのみの発案に、アオさんは少し困ったような面持ちと色になる。
「あ、それなら、あたし聞きたいことあるんだけど」
真っ先に挙手をしたのは梨花だった。従妹が同性のクラスメイトに興味を持つのは珍しい。
だけど、思えば一番最初に梨花と接した女子はアオさんだし、少しは打ち解けてきている証拠なのかもしれない。良し良し。
「好きな男の人のタイプって?」
これまた凄い質問をしてきたな、コイツ。この公の場で、個人的な嗜好を発表しろと。
そういうのって、女子会とか修学旅行の寝る前とかにする話じゃないのか。やはり、梨花は同性との距離の詰め方が極端なのかもしれない。
見るからにアオさんも困った顔をしていた。たこ焼きを丁寧に回しながら、どう答えていいものか考えている様子だった。
きっと、見なくても困惑の色を出しているに違いなかった。
「じゃあ、この中だったら、誰が好み?」
便乗するような案を出してきたのが、上谷戸きのみだった。
本人はニコニコしているし、助け舟を出したつもりだったのだろうか。オレとソラとツツミチという難しい選択を出されてしまい、困惑の色が強くなった。
もしここでオレを選んでくれたのなら、嬉しい事この上無い。だけど、逆の立場だったらどうだ。アオさんが好みです、なんて馬鹿正直に言える訳がない。
相手がそれで不快に思ってしまえば、その後の関係が気まずくなる。オレがこの中って言われたら、敢えてソラって言うかな。
ソラが女だったら、好みとか。おい、それってよぉ、梨花じゃねえか。これは駄目だ。
「えっと……強いて言えば……」
とうとうアオさんが、その重い口を開いた。強いて言えばというならば、消去法で選ばれた前提だ。
だけど、それでもオレは自分の名前を出せと願ってしまう。やはり強いて言われても、嬉しいものは嬉しい。
「稲瀬さんかな」
「えっ」
意外な人物の名前に、その場の全員が動きを止めた。もしかしてソッチの気があったのか、と思われてもおかしくない発言だ。
「あ、そういう意味と違うよ」と慌てて取り繕うようにアオさんが言った。
「稲瀬さんみたいな男子が居たら、カッコイイんやろなって」
「わかるっ!」
手を叩いたような音に視線を向けると、南タマキさんが両手を合わせて嬉しそうな表情をしていた。
「わたしも、みのりちゃんが男の人だったら、かっこいいって思ってたんだぁ」
珍しく南タマキさんの声が弾んでいた。本人からすれば、親友を褒められた感覚なのだろうか。
逆にオレがツツミチに似たような話をされたら、気持ち悪い事この上ないんだけど。その辺は女性との価値観の違いなのだろうか。
「だよね。凛としてて、かっこええよね稲瀬さん」
確かにアオさんの言葉も一理ある。稲瀬さんはクールな美少女だが、それでいて気取っていない。
黒髪も似合っているし、男装でもさせたらクラスで一番モテるんじゃないかって思うくらいだ。
少し悔しいような、何とも言えない気分になった。この場に三人も男が居るっていうのに、たった一人の女子に全員が負けたせいだ。
「稲瀬に負けたな」とツツミチが青い顔をして言った。奴も同じ気分だったのだろう。
「頑張って稲瀬さんに勝たないとな」
オレはツツミチを目を合わせ、同時にコクコクと頷いた。今、ここに打倒稲瀬みのりの会が、密やかに生まれたのだった。
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