第18話


 帰宅して着替えたオレは、出来るだけソラや梨花に見つからないように家を出た。


 メアリーやギムレットの事を考える時は、なるべく独りで居るようにしている。


 何故かというと梨花だけではなく、ソラもオレと居る時だけはお喋りな奴だ。考え事をするときに一緒に居て捗る相手ではない。


 そして、自室に居ると、誰かしらかがオレに話しかけにくる。


 そういう時間は嫌いではなく。むしろ好きな部類に入るが、今日はちゃんとメアリーの事をじっくり考えなければならない。


 自宅のマンションから坂を下る。歩道橋を登ればソラといつもバスケをする公園で、そこを何かしらの手段で南下すれば、繁華している駅前ロータリーだ。


 ここに来たからと言って、別に電車に乗るわけではない。


 オレは考え事をするときは静かな場所より、逆に人通りがあって少し賑やかなくらいが丁度いいと思う人。あまりしない勉強の時も、音楽をかけるくらいだ。


 オレは適当なベンチに腰かけて、タクシーやバスに対面するようにロータリーを視界に入れた。春の陽気が暖かいから、寝ないようにしないといけない。


 今までギムレットは、メアリーを怒らせた時があったのか。今日の議題はそれだった。


 何故に大丸アオさんが怒ったかは、もう考えるのはよしとしよう。南さんが分からないんなら、オレだって分かる訳がない。問題はここから。


 どうやって、彼女に機嫌を治して頂こう。


 許しを乞うって言った方がいいのかもしれないが、物言いは今はどうでもいい。結局、感情の見える魔法を持っていても、対処が分からなければ何の意味も無いのだ。


 そこでヒントになるのが、ギムレットとメアリー。


 オレは前世で剣士ギムレットとして、メアリーに接してきたんだ。現世でも似たようにすれば、きっと大丈夫だ。


 オレは今まで見た夢を思い出し、何かヒントになりそうなものは無いか探した。


 駄目だった。


 考えてみれば剣士ギムレットはみなしごだが、拾ったのはギルド長だ。


 剣士ギルドのマスターは、どの騎士団よりも紳士な方だ。そんな立派な人に育てられたギムレットが、メアリーに失礼なんか働くわけがない。


 そもそもギムレットはいつも色を見ているので、メアリーの気持ちの変化はすぐに分かるのだ。


「そういえば……一度だけ、メアリーが凄い怒った時があったかも」


 あれは確か、隣国との境目にある森での出来事だった。


 近頃、巷を騒がせている盗賊団が、森のどこかを寝城にしているという情報が入った。


 王国から各ギルドへと、討伐に人員を割くように通達が下される。剣士ギルドからはギムレット隊が、討伐任務に加わる流れとなった。


 魔導士ギルドにより、盗賊の根城はすぐに見つかり、あっという間に剣士ギルドが制圧した。


 各ギルド員が盗賊達を縛り上げると、奥から人質と思われる少年が出てくる。


 自分の子供の頃を思い出し、ギムレットは彼を保護するが、それは盗賊団の最期の悪あがきだった。戦闘が終わって油断していたのか、色も見ていなかったんだ。


 歩く元気がないという少年を、ギムレットは抱き上げたまま、街へと連れ帰ろうとした。そして森を出た瞬間、彼は少年もろとも爆発に巻き込まれてしまった。


 幸いにも魔導士ギルドには、ブロッサムという治癒魔法が得意な者が居た。彼女の手腕によりギムレットは一命を取り留めたが、少年は骨も残らずに散ってしまった。


 という、胸糞悪りぃ話。


 そうだ。それを聞いたメアリーが、「ひどすぎる」と涙を流しながら憤慨したんだった。


 心優しい彼女は人一倍、動物や子供が好きな女性だ。自分が高い身分にあっても、それを鼻に掛けずに皆に平等に接する事が出来る。


 少年を不憫に想ったメアリーは、彼の散った場所まで赴いて、花を手向けたんだ。


 貴方の為に涙を流せる人間がここに居ます。その気持ちが伝わるように「伝言」の意味を持つ青い花を、彼女は贈ったのだ。

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