第19話


「……って。これギムレットに怒った話じゃねえじゃん」


 今の状況に対して、全くヒントにならない話を思い出してしまった。


 ただ、やはり思い出してみると。いい話だなと、つくづく思う。メアリーの優しさと慈しみが、心に染みわたるようだった。


 ギムレットに対しても、メアリーはそうだった。


 彼がギルドでいくら強くても生まれが孤児なので、位なんてものは与えられなかった。


 爵位のある連中から見て、男爵の娘がみなしごと親しくするのは世間体から見ても良しとしていない。


 だけど、彼女はそんな事は気になんてしていなかった。それが原因で自分が非難の目を向けられようとも、ギムレットに接するのを止めなかったのだ。


 オレはメアリーが手向けた花が、何だったか少し気になった。


 あの世界にしか無い花かもしれないとも思った。


 ただ、紅茶やジャムも出てきたし、ある一定においての物はこっちと共通しているのかもしれない。それでも青い花なんて、見た事も聞いた事もないような気がしてくる。


 オレに花の知識が無いだけかもしれない。


 こういう時は文明の利点、携帯電話の出番だ。オレはポケットに手を突っ込むと、見事に財布しか入ってなかった。


 なんてこった。これは自分の記憶を頼るしか、手段がなくなってくる。


「青ねぇ……、青」


 オレはベンチの背もたれに体重を預け、真っ青な空を仰いでみる。


 少し思い出したが、確かアジサイって青じゃなかったか。オレはアジサイの形を脳に浮かべるが、夢の記憶の花と似ても似つかなかった。


 それでも青い花は一つ思い出したので、もしかしたら知識を探ってみればいけるんじゃないかと思った。


「青、青……」


 色が多い花から探してみよう。チューリップとか。あれは赤、白、黄色か。青いのは歌に無いくらいだから、あり得ないだろう。


「御呼びですか?」


 いきなりの声に顔を正面に向けると、うちの制服を着た女子が立っていた。しばらくぼんやりと見ていたら、それが大丸アオさんだというのに気が付いた。


「おお!」とオレは驚きの余りのけぞってしまった。


「おお、じゃないです。アオです」


 不愉快そうに大丸アオさんが言った。やはり、まだオレに対して不満を持っている色だった。


「……あ、え、うん。アオさんでしたね……」


「そう。何で、皆の前だと大丸さんなの?」


「えっ?」


 意外な言葉にオレは首を傾げた。


「昨日、アオって呼んで、って言ったよね?」


 オレは昨日の出来事を思い出し、確かに神奈川サイドでそんな話をした覚えがあるのに気が付いた。


「こっちにだけ、クロって言わせる気?」


 その一言でオレは今日一日、大丸アオさんがオレを名前で呼んでいたのを思い出した。


 折角、彼女がアオでいいって言ってくれて、オレもクロでいいとか言ったんだ。


 何をやっているんだオレは、メアリーが云々とか言っているけど、自分の前に居るのは大丸アオさんなんだぞ。


「面目ない……」


 オレは蚊の鳴くような声で言った。それでも大丸アオさんはちゃんと聞いていたようで、得意げに鼻を鳴らした。


「そんなら、お詫びとかしてもらっていい?」


 彼女は笑顔で言ったけど、なんだか雰囲気が柔らかくはなかった。オレは嫌な予感がした。


「……オレが出来る事なら、甘んずる」


「梨花ちゃんと友達になりたい」


 予想外の彼女の台詞を聞いて、オレはきっと目が丸くなっていたに違いなかった。


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