第35話
再びインターフォンが鳴ったので、今度は面白がってツツミチが対応した。身体に纏っている愉快そうな色が、更に濃くなったような気がした。
暫くすると、女性陣三人が一緒に我が家へとやってきた。私立中出身お嬢様、南タマキさん。オレと同じ中学出身、上谷戸きのみ。そして、京都からの転校生、大丸アオさん。
アオさんにも南さんにも家の場所は伝えておいたけど、まさか三人同時に来るとは思わなかった。同じタイミングで会ったのだろうか。
「何だ。集合でもしてから来たの?」
「ううん」と上谷戸きのみが靴を脱ぎながら、背中越しに首を振った。彼女の後頭部を見て、束ねられたホウレンソウを彷彿させる。
「アオちゃんもタマちゃんも予行練習してないから、二人が来るの待ってた」
二人がマンションに入れなかったら一大事と思い、上谷戸きのみはエントランスで待っていたらしい。
二人を心配したというよりも、予行練習の成果を見せたいという気持ちの方が強いんじゃないかとも思った。
「そんな事しなくても分かるよな?」と二人に振ってみると、どちらも苦い顔をしていた。「ほらね」と上谷戸きのみは得意げな顔と色を出した。
予行練習はさておき、一応彼女なりに友達に気を遣ったのだろう。
上谷戸きのみは靴を揃え終わると、何故かオレの左隣に並んだ。アオさんが玄関に腰かけて、靴を脱ぎ始めた。蛍光灯に照らされていても、綺麗な髪だと思った。
それにしても、タマキさんだから「タマちゃん」って猫みたいなあだ名を付けるんだな。
一度断られたが、稲瀬さんは駄目だったのか。念の為にもう一度聞いてみた。家族での食事会があるのだと、何故か南タマキさんが申し訳なさそうな顔をした。
「家の事情なら仕方ないし、南さんがそういう顔をする必要はないし」
オレの言葉に便乗して、他の二人が同意するように頷いた。アオさんは靴を揃え終えると、オレの右の隣に並んだ。
両手に花というより、まるでゲームの戦闘画面みたいな整列だと思った。
その瞬間、不意に前世の夢が頭を過った。ギムレットとメアリーとブロッサムで星空を観に行った時、丁度こんな感じの並びだったような気がする。
「何でタマちゃんは行かなかったの?」
「え、何で?」
上谷戸きのみの一言に、南さんが驚きの声を上げた。ギムレットの世界に行きかけてたオレの精神が、現実世界に戻された。
「みのりちゃんとタマちゃんって、家族じゃないの?」
コイツは、いきなり何を言っているのだろうか。もしかして稲瀬さんと南さんがあまりにも仲良しだから、姉妹かなんかだと思っていたのか。
「苗字違うし」
アオさんはクスクスと小さく笑っていた。小馬鹿にしたようにも、嘲笑ったようにも見えない。花のように柔らかい微笑みだった。
「あ、そっか」
上谷戸きのみは、今気づいたかのような色を見せた。多分、本気で姉妹だと思っていたのかもしれない。
「わたしがみのりちゃんと家族だったら、申し訳ないよ」
南さんはこっちに背中を向けて、靴を脱ぎ始めた。
「申し訳ない?」とアオさんが疑問の色を出した。
「みのりちゃん、わたしと違って色々出来る女の子だから。出来ないわたしが妹だったら……」
どこかで聞いたような話を耳にして、オレは思わず上谷戸きのみの方を見た。顔は笑っていたけど、可視した状態は一瞬にして緊張の色に染まっていった。
「稲瀬さんって勉強出来る子なんだ?」
当たり前だが、上谷戸きのみの様子に気づかずに、アオさんは会話を続ける。
「うん。みのりちゃんは頭もいいし、スポーツも得意だし……」
靴を揃え終えた南さんが、こちらを向いて立ち上がった。
「料理以外は何でも出来るんだよね」
なんてタイミングだって、頭を抱えそうになった。
まるで昨日の上谷戸きのみの話、そっくりじゃないか。オレは盗み見るように、彼女の状態を確認した。表情は笑っていたが、緊張の色をしたエーテルは小刻みに揺れていた。
「おいっ!」
不意に背中から声がして、振り向くとツツミチが仁王立ちしていた。
「お前らいつまで玄関でくっ喋ってんだよ」
ツツミチは呆れた顔をしていたが、正直助かったとオレは思った。上谷戸きのみを見ると、緊張の色は綺麗に消え去っていた。
「あ、稲田くん。さっきの何?」
珍しくアオさんが訝し気な顔をした。彼女にこんな顔をさせるなんて、この馬鹿はまた何かやったんだろうか。
「さっきのって?」
オレの問いにツツミチは愉快な色を出し、ふてぶてしい顔をした。
「俺の一発ギャグを入れたんだよ。折角だから、お前にも見せてやる」
妙な振りを始めたツツミチを無視して、女子三人をリビングまで案内した。
梨花とソラが同時にこっちを向いた瞬間、女子三人の表情と色が驚愕に変わったのをオレは見逃さなかった。
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