第12話
今日はギムレットとメアリーの夢は見なかった。
梨花が一緒に登校しようと言い出した。嫌そうな顔をしていると、母親がオレに睨みを利かせた。
芸能人を一人で歩かせるなんて、どういうつもりという気持ちの籠った目つきと色だった。仕方ないので、オレが折れる事になった。
流石、アイドルだけあって、なんてことの無い我が校の制服も抜群に似合っていた。
可愛いでしょう、と自慢げな顔で言ってきたので、オレは勿論「普通」と返してやったのだ。
芸能人だから可愛いのは当たり前だし、言われ慣れてるだろう。わざわざ言うまでも無いな。
家の前の坂を下って、駅を突っ切る。やはりダテリカなだけあって、駅前では道行く人の視線が凄かった。二度と一緒に登校するものか、とオレは心に誓った。
様々な人の視線を浴びながらも、何とか学校に辿りついた。
オレは梨花に靴箱の位置を教え、自分のクラスまで案内してやった。教室を開けた瞬間、同級生からの視線が一気に集まった。
「うそ、ダテリカだ!」
「きゃー、梨花ちゃんだ!」
「押立くんって、本当に梨花ちゃんの家族だったんだ」
そんな感じで、ざわざわとクラス中の生徒がどよめきだす。その全てを無視して、オレは梨花に席の位置を教えると、自分の席にへたり込んだ。
クラスメイト共はオレには気軽に近寄れても、芸能人に対しては遠慮がちのようだった。遠巻きに梨花の事をチラ見しては、それでも皆ソワソワと落ち着きのない様子だった。
前の席を見ると、ツツミチはまだ登校していなかった。
その隣には稲瀬さんが居るが、梨花が来ても昨日と同じで冷静だった。オレは自分の右を見る。大丸アオさんも、まだ登校していなかったようだ。
「ねぇ、クロ」
気づいたら前のツツミチの席に、梨花が座っていた。こりゃ、奴が来たら驚くぞ。
「クロが昨日、あたしより可愛いって言ってた子って誰?」
「忘れた」とオレは言った。確かに昨日、稲瀬さんと南さんの名前は出したけど、その隣に本人が座っている。言える訳がない。
「見たところ、あたしより可愛い子は居ないみたいだけど?」
こいつは猫を被る気は無いのだろうか、癪に障ったオレは敢えて稲瀬さんへと話を振ってみる。
「んなこたねえよ。ねぇ、稲瀬さん?」
予想していなかったのだろう。急な指名に驚いた稲瀬さんは、目を丸くしてこちらへ向いた。
「え、何?」
「この顔だけ女より、南さんの方が可愛いよね?」
昨日、少し話して気づいたんだが、稲瀬さんは親友である南さんを物凄く可愛がっている。その名前を出された彼女が、黙っている訳がない。
「え、う、うん」と稲瀬さんは困った顔をしたが、こちらの予想に近い回答をしてくれた。
「タマキはホラ、アイドルって感じの可愛さとは違うから……」
ナイスだ、稲瀬さん。言葉は選んだが、南さんが可愛いという点を否定しなかった。つまり梨花より可愛いと言っているようなものだ。
「むっ。その南さんって子は誰?」
梨花が口を尖らせて、南さんを確認しようとしたその時だった。
「ダテリカがおる!」という声が教室に響いた。
顔を上げると、声の主は大丸アオさんだった。いきなりのメアリーの登場に、オレは少し心臓が高鳴った。
「や……やっほー、ダテリカだよー」
ちょっと困惑しながらも、梨花が営業スマイルで言う。大丸アオさんは嬉しそうにこちらへと寄ってきた。
「ロントの時から、ファンなんです。握手、してください」
「ほんと、うれしい」と従妹が大丸アオさんの手を取った。彼女は梨花の手を両手で握り、アイドル以上の可愛いスマイルを向けた。
「貴女が南さん?」
梨花が言うと、大丸アオさんは首を左右に振った。
「大丸アオと言います。よろしくお願いします」
ちなみに南タマキさんはあちら、と大丸アオさんは教室の奥の南さんを指さした。アイドルの視線を受けた南さんは、恥ずかしそうにペコリと一礼して伏せてしまった。
「ふーん……」
梨花は少し笑った後、大丸アオさんの手を放し、オレの方へと顔を近づけた。それだけなのに、クラス中に騒めきが広がる。
「確かに悪くないけど、あたしの方が可愛い」
「んなことねえよ」
梨花の耳打ちにオレは速攻で否定の言葉を述べた。それが気に食わなかったのだろう、従妹は不満そうに口を尖らせた。
「ふん。でも、クロ。あんたは……」
「俺の席にダテリカが居る!」
梨花が何かを言いかけた時、それを遮るように大声が響いた。本日二回目の音声を発したのは、オレの悪友ツツミチだった。
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