第44話
二日ぶり、二回目。今度は何故かリビングではなく、彼女の自室に通された。
梨花以外の女の子の部屋に入るのは初めてだったけど、今はそんな事はどうでも良かった。
座っていいと言われたライトグリーンのクッションもふかふかだったけど、今はそんな事はどうでも良かった。
どうぞと出された紅茶の味も何故かストロベリーの香りがして旨いけど、今はそんな事はどうでもいい。
「上谷戸きのみ、お前はどこまで知っている?」
ティーカップをソーサーに置き、ベッドに掛ける上機嫌の上谷戸きのみに問いかける。彼女はオレの言葉を反芻するように飲み込んでから、笑顔で小首を傾げた。
「むしろ、ギムレットはどこまで思い出した?」
弾んだ声で彼女は聞き返してきた。
質問を質問で返すのはどうかと思ったが、いきなり押しかけたのはこっちの方だ。情報提供を求めている立場でもあるし、出来るだけ包み隠さないのが良いかもしれない。
オレは今まで理解して貰えないから、前世や魔法の話は家族だろうとしなかった。
だけど、ギムレットという単語が出てきた時点で、彼女は信用に値する人間だと思ってもいい。こうなってしまった以上、腹の探り合いは無駄に神経を衰弱するだけだ。
「丁度、二年前くらいの話だ」
前置きを入れると、オレはギムレットの世界の夢の内容を、所どころ端折って話した。
なんせ、あまりにも長いストーリーだ。文章に起こしたら本何冊かになる内容だし、細かい所まですぐには思い出せない。
ざっとギムレットの生い立ちと、想い人のメアリーの物語だけを選んで話す。
孤児として生まれ、ギルトに拾われ、メアリーと出会い、別れるまでの話。その間、上谷戸きのみはオレから一切、目を離そうとはしなかった。
「こうしてギムレットは、ドラゴンを探しの充ての無い旅に出ましたとさ……。お終い」
一通り話し終えると、改めて上谷戸きのみに向き直る。心なしか、先ほどより彼女の瞳に覇気が無くなったような気がした。
「……ふーん」
つまらなさそうな声だった。状態を見ると、不満げな色を醸し出していた。オレは包み隠さず全てを打ち明けたというのに、その反応は何なんだ。
「ほ、ほら、オレは全部話したぞ。……そっちの番だ」
「それで全部なの?」
意味の分からない質問だった。オレとしては現時点で出来うる限りの、ギムレットとメアリーの話をしたつもりだった。
「全部……じゃないけど、全部話したら夜になっちまう」
「……ふーん」
さっきと同じ瞳でこちらを見据え、さっきと同じ声で上谷戸きのみは言った。
「……わたしも中途半端はいけないって思うから、言うけどねー……」
けだるそうに言って、上谷戸きのみはベッドに寝転んだ。うつぶせの状態になったので、顔は見えなかったけど、エーテルはまだ不満げな色を持っていた。
「どうしたっていうんだよ?」
彼女の意図が全く分からなかった。オレにあの世界の出来事を話させたというのに、嬉々として聞いていたくせに。
何なんだよ、その態度は。苛立ちで、オレは少し頭に血が上ってきた。
「覚えてないなんて、悲しいよぉ……。ギムレット……」
涙声だった。意外すぎる反応だったので、上りかけていた血の気がサッと引いた。
「あんなに一緒に戦ってきたのに、メアリーよりも一緒に居た時間は長かったのに……。でも、いつか思い出すって。気づいてくれるって、思って……待ってた。だけど、それじゃ駄目だったって、高校に入って思った……」
「お、おい。何を言って……」
「メアリーが入学してくるとは思わなかったし!」
言葉と一緒に上谷戸きのみは顔を上げた。その瞳は間違いなく、涙に濡れていた。
「メアリーって……アオさんのことか?」
「うん、そう!」
嗚咽交じりの声だった。間違いなく彼女が泣いている原因はオレ及びギムレットなのに、どちらの立場からしても心当たりが無かった。
そもそもギムレットなんて、現在のオレ以上に女性付き合いなんて無い男だ。増してや人間なんて、メアリーと剣士ギルド長の奥さんくらいだ。
待つんだクロ、前提として間違っているぞ。と、オレの中のギムレットがそう言った。
何故、人間だと考えるんだ。この世界には獣人なんてのは、映画やゲームの中にしか居ない者だ。獣人が生まれ変わっても、獣人である確率なんてここではあるのだろうか。
「そうは言うがな、ギムレット。獣人の知り合いなんて、魔導士ギルドの奴だけだぞ。そこれそブロッサムか、敵魔導士のラスカ・シャルトリューズ・ヴェールくらいだ」
「ブロッサムだよぉ!」
嗚咽交じりの大声に、意識が上谷戸きのみに戻された。何と言ったか聞き取れず、彼女へと視線を向ける。
「わたし、ブロッサム! ラスカなんかじゃないぃ!」
なんということだ、オレは今世紀最大の衝撃を受けた。上谷戸きのみは、まさかの魔導士ブロッサムだった。
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