第31話


 上谷戸きのみを我が家まで案内したが、彼女はオートロックのシステムをイマイチ理解していなかった。


 オレが普通の一軒家に入った経験があまり無いように、彼女はその逆なんだろう。


 仕方ないので、こっちも予行練習をする羽目になった。


 オレは先にカードキーで我が家に帰ると、ソラの靴が玄関にあった。リビングに顔を覗かせると、我が従弟の姿はあった。


 夕飯前だというのにクッキーを食べながら、ソファで寝転んで漫画を読んでいた。中学生にして、自堕落な生活を送っているな。


 オレの存在に気づいたソラに「何しているの」と問われたので、予行練習だと答えた。


 意味が分からんという色を出したので、ソラを自室へと追い戻した。オレだって意味なんか知るかっての。


 携帯電話で上谷戸きのみにメッセージを入れ、実際にインターフォンを押してもらう。連絡して五秒も掛からずに鳴ったので、即座に応対した。


 部屋の前まで来るように言い、玄関からエントランスを開く。


 すると十秒後に、部屋のベルが鳴った。まさかと思い、ドアを開けると息せき切らした上谷戸きのみが居た。


「……また走ってきたのか?」


「走ってきました!」


 何故か自慢げな色を出し、彼女は笑顔でピースサインを出した。この短時間で玄関まで来れたということは、階段を駆け上って来たに違いない。


「本番では走る必要ないからな」


「走らない方がいい?」


「ああ。近所迷惑」


 玄関で話すのもソラの迷惑になるな、と思い上谷戸きのみを連れて再び外へ出る。


 エレベーターに案内して、本番はこれを使うように教えた。教えなければ出来ない訳じゃないとは思うが、そこは上谷戸きのみだから仕方ないのかもしれない。


 エントランスに出ると、外は暗くなり始めていた。携帯電話で時刻を確認すると、既に六時を回っていた。


 たこ焼き作りと我が家の入り方。予行練習を二回もさせてしまったせいで、良い子はお家に帰らなきゃいけない時間になってしまった。


「よし、今日はこんなもんでいいだろう」


「はいっ、ありがとうございます!」と何故か彼女はオレに敬礼した。


「それじゃ行くか」とオレは再び小学校の方へと足を向ける。


「えっ?」という声が背中に入り、オレは振り向いた。背中の先の上谷戸きのみは、首を傾げて疑問の色を出していた。


「どこ行くの?」


「お前ん家」


「わたしの家は予行練習必要ないよ?」


 何を言っているか分からないが、予行練習も何も、先ほど入ったろうが。


「あっ、もしかして、うちで夕飯食べてくの? うれしいなぁ。よし、張り切って作るぞ!」


「違うっての! うちにも夕飯あるわ!」とオレは思い切り突っ込んだ。


 何をどうしてそういう発想に至ったのか理解不能だが、彼女が何故に家までオレが行くか分かってなかったのは理解した。


「暗いし、家まで送るって話」


「えっ」


 そんなにオレの行動が珍しかったのか、上谷戸きのみは驚愕の色に染まった。


「い、いやいや、いいよ。近いし、悪いし」


 焦ったように全力で遠慮した彼女の姿を見て、オレは少し意外に思った。


 何となくだけど、そういうのを気にしない性格なんだと思っていた。それでも、礼儀はきちんとしている子なのか。


 そんな態度を見せられると、猶更引けなくなってくるのが男という生き物だ。


「近いから、気に病むんじゃない。こういうのは男の役目だ」


「クロくん小さいよね」


「誰がお豆だ、コラ」


 先ほどまで見直していたというのに、打って変わってすぐこれだ。


 一言多いのか、何も考えていないのか。身長が他の男子より低いから、男っぽくないとでも言いたいのか。


 確かに上谷戸きのみの身長は、見た所オレとそう大差無い。だけど見てろよ、来年にはお前を見下ろしてやる。


「でも、ありがとっ」


 弾んだ声で上谷戸きのみは、オレの隣へとスキップで並んだ。


 気を遣われたのが嬉しかったのか、彼女は歓喜の色に染まっていた。状態なんて見なくても、表情が上機嫌を物語っていた。


 梨花もそうだけど、オレの周りの女の子は非常に分かり易い。


 オレが状態可視で色を見て、応対しているせいもあるかもしれない。だとしても誰一人として、嘘をつかないなんて凄いと思った。


 女心と秋の空とか言うが、女でないソラの方が解りづらい時の方が多いくらいだ。


 ソラのことを考えたら、注意しなけれないけない事を思い出した。


「そうだ、上谷戸」


「なぁに?」と上谷戸きのみは小首を傾げた。


「明日、注意して欲しい事があって。梨花の弟のソラなんだけど……」


 そう前置きを入れて、オレは事情を説明した。


 事情と言っても、そんなに深刻なものでも何でもなくて。単純にソラが梨花に似ているけど、それを本人の前で言われると嫌がるってだけの話だ。


 上谷戸きのみは時折、「うんうん」といった感じでオレの説明を聞いていた。


「そんなわけで、ソラの前では梨花に似ているっての禁句な」


「分かった」と上谷戸きのみは再び謎の敬礼をした。


「……本当に大丈夫か?」


 軽すぎる対応に、オレは表情で不信感を露わにした。


「うん、大丈夫だよ。だって、わたし、なんとなくわかるもん」


「……何が?」


「弟くんはどうか知らないけど、わたしもお姉ちゃんと比較された側だからね」


 上谷戸きのみは笑顔で言ったけど、少し濁った色をしていた。先ほど見せた困惑の色に近い雰囲気を持っていた。


「……比較?」


 聞いていいか迷ったけど、何となく聞いて欲しがっていたような気がしたので、オレは敢えて問いかけた。


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