第30話


 予行練習とある程度の話し合いが終了したので、この日は解散となった。玄関で上谷戸きのみに見送られ、通りに出た所でツツミチと別れた。


 夕陽が街中をオレンジ色に染め上げ、その中を泳ぐ鳥が少しだけ鳴いた。


 試しにオレは電柱に止まるカラスの色を見てみた。やはり、動物相手では状態可視は通じない。


 何度も試したというのに再びやってみようと思ったのは、きっとブロッサムの夢を見たせいだ。


 あの世界の魔物は魔力を持っているから状態可視が通じる。人間相手だと魔力を持っていなくても色が見えるのに、動物相手だと何で通じないのだろう。


「クロくんっ!」


 背中の声に振り向くと、上谷戸きのみの姿が見えた。


 路地の先、こっちへと走ってきている様子。さっき別れたばっかだっていうのに、オレは少し驚いた。どうしたっていうんだろう。


「あ、ごめん。稲田くんがクロくんって言ってるから、うつっちゃった」


 追いついた上谷戸きのみが息せき切らしながら、開口一番どうでもいいことを言った。


「いや、そんなのどうでもいい」


「本当? じゃあ、これから、クロくんって呼ぶね。わたしはきのみでいいよ」


 弾んだ声を出し、上谷戸きのみは笑顔を浮かべた。何が嬉しいんだろうか、やっぱり何を考えているのかよく分からん。


「うん。そんな事より何の用だ?」


 こいつはオレの名前を呼ぶ為に、あるいは自分の名前を呼ばせるために。その為にわざわざ、走ってまで追いかけてきたというのか。


「クロくんのおうちって何処かなって」


 意外な一言にオレは目を丸くしかけたが、考えてみればそれもそうか。


 同じ学校だったとはいえ、彼女を家に案内した時は一度も無い。あっちは何を考えているか分からんが、オレの方は何も考えてなかった方だ。


「……というか、聞いて大丈夫?」と上谷戸きのみは小首を傾げた。


「大丈夫って何だよ」


 明日の催しに誘ったのはこっち側だというのに、家の場所を教えていないのはオレの落ち度だ。


 にも関わらず聞いてはいけないなんて、じゃあ明日は何処でやるっていうんだ。公園か、それとも多摩川か。バーベキューじゃないんだぞ。


「クラスのダテリカのファンクラブが、無闇に梨花さんや、家族に住所を聞くのを禁じたって……」


「何それ、聞いてない」


 予想もしていなかった出来事を耳にして、オレは目が飛び出るどころか、耳から手が出そうなくらいビックリした。


「ファンクラブ会長の柿生くんが、梨花さんに直接言われたんだって」


 柿生って誰だよ。知っていて当然のように出された名前に、全く心当たりが無かった。


「誰だそれ」


 オレが問うと、同じクラスの男子だと上谷戸きのみは言った。


 おまけに出席番号が梨花の次なんだという。稲瀬さん、稲田のツツミチ、大丸アオさん、オレ、梨花、柿生、上谷戸。


 面識ないけど気持ち悪い、と思ってしまった。ファンクラブが出来たのもそうだけど、それによってルールが出来るとかも意味が分からない。


 あ。でも、それでか。


 入学式当日は、ダテリカのファンから尾行を食らった。にも関わらず、次の日に梨花が登校してからは、無くなったのはそれのお陰なのか。


 ファンの規律を正して、オレらに迷惑が掛からないようにしてくれるなら、ファンクラブの存在には感謝しなくちゃいけないな。気持ち悪いとか言って済まないな、柿生。


「それで、大丈夫?」


 小首を傾げて上谷戸きのみが言った。見た目は綺麗系の女子で髪型は葉菜類なのに、動物みたいな動きをする奴だと思った。


「大丈夫とは?」


「家の場所聞いても」


「あ。うん、問題ない」


 面識の無い柿生や、ファンクラブなんぞの事を考えていたせいで、何の話をしていたか完全に抜けていた。三歩進めば忘れる鳥より、悪い頭を持っている馬鹿がここに居た。


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