第32話


 夕食後、オレは珈琲を盆に乗せ、ソラの部屋をノックした。


 いつものようにソラは、笑顔でオレを部屋に招き入れた。床には雑誌やら脱いだ服やらが散らばっているのを見ると、見た目より男らしい部屋なんだと思わされる。


「新しい車種をようやく買えたんだぜ」


 ゲームを起動しようとしたソラを止め、少し話がしたいと言った。上谷戸きのみの事である。雑誌を押しのけて、オレはクッションに失礼した。


「同じクラスメイトの奴なんだが」と前置きを入れたのは、変に気を遣わせたくなかったからだ。これから話すのは、とあるクラスメイトの話なんだ。


 彼女には姉が居て、姉は基本的に何でも卒なくこなす子だった。


 親のよく言う、出来た子という奴だ。姉に出来た子が居れば、妹も似たような目で見られる。同じ血が通っているので出来て当然、という固定観念を与えられる。


 それでも彼女は、一つだけでも姉に負けない特技を手に入れようとした。


 元々、素質があったのか、それだけは姉に負けないくらい上達した。他のことは何一つ姉には劣るけど、これだけは負けない。それが彼女の自信に繋がった。


 高校もその部活に入ろうと思った。だけど、それは出来なかった。


「何故かと言うと、既にその部活には姉が居たんだとさ」


「ふーん」とソラは心底つまらなさそうな色を出し、珈琲にミルクをたっぷり入れた。


「姉に負けるの分かってるから、部活に入るの止めたんだ」


「いや、それが違うんだよ」


 そんなよくある漫画みたいな話だったら、勘違いされそうなリスクを犯してまでソラに話はしない。


「彼女が入部しなかったのは、姉の立場を考えてっていう話らしい」


「は?」


 オレの言葉にソラの目は点になり、三杯目の砂糖は珈琲の中に入る。


「面倒いから、特技が何か言っちゃうんだが。彼女は料理が凄い得意で、特殊な道具一つでカステラや焼きおにぎりを同時に作れてしまう程の腕らしい」


「なんの道具使えば、カステラと焼きおにぎりが同時に作れるんだよ」


 半分笑いながら、ソラが突っ込みを入れた。誰もがそう思うよな、とオレも釣られて笑いそうになる。


「何でも出来る姉だけど、料理だけは苦手なんだとよ。そこで、もし料理上手の彼女が入部してしまえば?」


「……逆に姉が妹と比較される?」


「その通り」とオレは指を鳴らして言った。ソラが口をへの字にする。


「余計にわかんねーな、それ」


 ソラはミルクたっぷり砂糖四杯の珈琲、もはやコーヒー牛乳を一口飲んだ。


「今まで姉と比べさせられ続けたんだから、自分の得意分野でイキがってもいいんじゃないか?」


「オレもそうは思うが、何でも姉は完璧でなきゃ駄目だとか」


「変な奴」


 流石、上谷戸きのみだ。会ってもいないソラにさえ、話をしただけで変人と認定されるとは。


 オレはミルクだけ入れた珈琲を一口飲んだ。今のソラの台詞並みに甘さが全く無かった。


「ちなみにクロ」


 ソラはカップを机に置いて、オレを真正面から見据えた。


「俺が梨花苦手なの、比較対象にされてるとか思ってないよな?」


 やはり誤解を与えてしまったようなので、オレは少しの罪悪感みたいなものを覚えた。


「なわけないだろ」


 真剣な瞳と色のソラに向けて、オレは小さく笑みを零した。


「むしろ逆で。ダテリカみたく可愛いとか言われるの嫌なんだろ」


「その通り、流石クロ」


 ソラは歓喜の色と笑顔を見せ、オレにカップを差し向けた。それに自分のカップを当て、軽い乾杯みたいな儀式。ソラは満足そうな顔をして、カップの中身を一気に飲み干した。


 砂糖四杯分のコーヒー牛乳とか、逆に喉乾きそうだな。オレは軽く引いた。


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