第33話


 今日も剣士ギムレットの夢は見なかった。


 昨日が魔導士ブロッサムだったし、久しぶりにメアリーに会いたいとか思ってしまった。


 時刻は朝の八時だったし、二度寝でもしようと再び目を閉じる。それで夢を見れる保証は無いが、寝なければそれすら叶わない。


 玄関の方からガチャリという音がした。


 誰かが家に帰ってきた雰囲気だったが、ソラがこんな時間にどこかに行く訳が無い。母親が忘れ物をしたのかもしれない。


 梨花かもしれないと思ったが、あいつが帰ってくるのは昼過ぎだと聞いている。だから、皆にお昼を抜いて来るように言ってあるんだ。


 パタパタとスリッパの音が廊下に響く、歩幅の短い足音だと思った。


 もしかして、ソラかもしれない。あいつ折角の休みの日に、こんな早い時間から何処に行ってたんだろう。春先とはいえ、朝はまだ肌寒いんだぞ。


 ガチャリ、と自室のドアが開いた音が耳に入る。


 ソラがオレに何の用があるんだろうか。意識は起きているが、目を開くのが億劫だった。寝ているって分かれば、従弟も後にするだろう。


 不意に布団の中に妙な感触を覚えた。何故だか桃のようないい香りがした。


 シャツ越しに誰かの冷たい手が背中に触れた。ソラがベッドの中に入って来ているのか、オレは慌てて飛び起きた。


「何をしてんだソラ!」


 傍らを見ると、そこに居たのはソラではなく梨花だった。愉快そうな表情と色を出して、寝転がりながらオレを見上げていた。


「ただいま」と梨花は歯を見せて笑った。何がどうなっているのか分からないオレは、ぼんやりと従妹の顔を見てることしか出来なかった。


「予定より早く終わったから、帰ってきちゃった」


 今日はもう仕事が無いんだ、と梨花が機嫌の良い色を出して言った。オレは自分の中にあるハテナマークを落ち着かせ、なんとか口を開いてみる。


「そ、そうか。それで何故、オレのベッドに入った」


「クロが気持ちよさそうに寝てるんだもん。二度寝なら、あたしも混ぜて」


 だからと言って布団に入ってくる意味が分からないが、きっとオレをビックリさせたかったんだろうな。


「自分の部屋で寝なさい」


 オレが言うと、梨花は不満げに口を尖らせる。


「最後に顔合わせたの、木曜の朝だよ。丸々二日、クロの顔見てないんだもん」


 だから何だよ、とオレは思った。


 期間が空いてようが、家族で無くなるわけでもないし。寂しがり屋なのか、梨花はそういう傾向がある。


 彼氏でも作って、相手してもらえばいいのに。と思ったが、アイドルが簡単に恋人なんて作れる訳がないな。それだから、家族に甘える他ないのか。


 大きな欠伸と共に、両手を思い切り天井に伸ばした。


 梨花のせいで目が冴えてきてしまった。どのみち二度寝は阻まれそうなので、オレは起きることにした。


 ベッドの梨花をそのままにして、欠伸交じりで洗面所へと向かう。顔を洗い、歯を磨いて、リビングへと移動した。もぬけの殻と表現できる程、誰も居なかった。


「ソラはまだ寝ているみたいね」


 諦めてオレの部屋から出てきたのだろう、背中から梨花の声がした。


「かーさんの靴はあった?」とオレは背中越しに声を掛ける。


「無かった。もうパート行っちゃったんじゃない?」


 オレを追い抜き、キッチンへと向かった梨花。炊飯器を開けたのか、ホカホカの湯気がご飯の香りと共に上がった。


「クロ、朝食は?」


 起きたばかりで食欲がない、あまり腹が減ってないようにも思えた。


 学校がある日なら、それでも腹には入れるが、休みの日に限っては食欲もやる気も起きやしない。


「梨花はどうする?」と聞いてみた。梨花が食べるんなら、次いでに食べよう。そうでないのなら、どうでもいい。オレはあまり食に頓着のある人間ではない。


「ソラが食べるなら……」


 どうやら、梨花も同じようなものらしい。こっちは食に頓着のある人間だというのに、珍しいと思った。


 結局、ソラが起きるまで待っていようとなった。従妹と二人でテレビを見て暇を潰していたが、従弟は十時過ぎるまで起きて来なかった。


 この際、集合を十二時に出来ないか。ツツミチとアオさんにメッセージを入れた。二人とも問題ないと言ってくれた。


 ソラと梨花に事情を説明し、朝食を控えるようにお願いした。余ったご飯は夕食で、炒飯にでもして貰えばいいと思った。


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