第7話
腹ごなしの運動をしようと提案したソラと一緒に、バスケットボールを片手に公園へとやってきた。二人でやっても長く続かないので、ツツミチに連絡を入れたが返事は無かった。
仕方ないので、スリーポイント対決から始めることにした。
ルールは簡単、スリーポイントの位置から互いに投げ合って、少ない本数で入れた方が勝ち。二回連続で勝利すると、褒美としてシュート位置を一メートル下がらなければいけなくなる。
第一試合は十二回目で、オレが勝利した。
スリーポイントシュートを決めるのに、十二回も要するのは間違いなく素人の技だった。本気でバスケをやってない人間の実力なんてそんなものだ。
第二試合は十六回目で、再びオレが勝利した。次の試合からは、オレが一メートル下がって始める。
第三試合はニ十回目で、またもやオレが勝利した。いい加減飽きてきたと、オレはソラに言った。勝ち逃げかよ、とソラは息せき切らしながら言った。
「勝ち逃げも何も一方的すぎる」
しかも、やっているのが単調な玉入れで、雪かきのそれと何ら変わらない。身長の差がスコップなんだとしたら、ソラは園芸用のでやっているようなものだ。
「仕方ない、俺の負けだし。アイス奢るよ」
ソラが口を尖らせて言った。オレは一言、いらんと言った。
「お前がアイス食いたいだけだろう」
こっちの言葉に、ソラは苦笑いでコクリと頷いた。オレの分は要らんけど、アイスは買って帰ろう。
公園は高台になっており、下ってすぐの所にコンビニがある。
店内に入るなり、ソラはトイレを借りますと店員に言った。便所に向かうと、掃除を終えたのか、店員が出てきてソラを女子トイレの方へと案内していた。
その様子を見て笑いそうになったが、ソラは口を尖らせて男子便所へと入っていった。店員は目を丸くしていた。
折角なのでオレも何か買おうかな。運動もしたし、喉が渇いた気がする。
ガラス張りの冷蔵庫の前に立ち、何か面白い新商品でも無いかと探してみる。コーラやサイダーやコーヒーなど、普通の飲み物しか無くて辟易した。
左方向はどうだろうと目を向けるが、丁度ここからアルコールのコーナーだ。
飲んだ事はないが、ビールって苦いって聞く。別にオレは甘党ではないが、炭酸の入った麦茶ってだけで美味しいというイメージは沸いてこない。大人になれば、美味しさが分かるものなんだろうか。
「こら、未成年はダメだぞ」
背中越しに男性の声が掛けられる。買おうと思われてしまったのかもしれない。焦ったオレは避けるように右側へと移動する。
「すみません」
振り向くと、そこには見知った顔があった。
「……境さん?」とオレは驚いてしまった。
「なんだ。クロか」
目の前の大柄の男性は、亡き父親の元同僚の境さんだ。父さんが亡くなった後も、その意志を継いで消防士を続けていると先輩から話を聞いている。
「大きくなったな。今、高校生か?」
身長二メートル近くある大人に「大きくなった」と言われても、まるで説得力が無いような気がした。カラスが日焼けしたウサギに、黒くなったと言うようなもんだ。
「そうなりますね」とオレは答えた。
「そこの高校か?」
「そうです」
オレと話しながら、境さんはアルコールコーナーの冷蔵庫を開けた。時計を見ると、まだ昼の三時だった。晩酌用かと思ったが、自分の親父も休みの日は夕方からビールを開けていた覚えがあった。
「あれ、お前さん幾つだっけ?」
境さんはビールをラベルで吟味しながら、カゴにどんどん入れていった。
「十五です」
「お、新入生か。ってことは健五と……」
「クロ、誰その人?」
境さんとの会話を遮るように、背中から声がした。トイレから出てきたのだろう、振り向くとソラの姿があった。
「ん、ソラ。覚えてないのか?」
オレの言葉に、改めてソラは境さんの方を見る。やがて普通だった従弟の顔色が、血の気を引くように真っ青になった。
「さ、さかいさ……」
言葉に連動するかのように、ソラの口も声も震えていた。身体からは、動揺の色が見えていた。
「……ソラか! 元気してたのか」
境さんの声が弾んだ。久しぶりに我が子に会ったかのような、そんな口調だった。顔つきも嬉しそうだったし、そんな感じの色だった。
でもソラは違った。境さんに声をかけられるなり、虫を踏み潰してしまったような表情になった。
その顔のまま、従弟はペコリと頭を下げてから、逃げるように店内を出て行ってしまったのだ。
「おい、ソラ!」と引き留めようとしても、聞く耳を持たなかった。
「……すみません、境さん。あいつ、命の恩人に対して……」
「……いや、気にすんな」
微妙な空気になってしまったにも関わらず、境さんは軽快な声を出した。
「あいつの元気そうな姿を見れただけで、俺は満足だ」
その後、気を遣ってくれたのだろう。境さんはオレと従弟の為にアイスを買ってくれた。
何かあったら相談しろ、と連絡先まで教えてくれた。何から何まで至れり尽くせりだ。
本当はオレだってソラみたく心配なんてされたくはないんだ。でも、良くしてくれる人の好意を、無碍になんてしたくないんだ。
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