第8話


 四年前の話だ。オレが中学に上がりたてで、ソラが十の歳の時だった。


 ゴールデンウィークだったので、ソラは母親とウチに遊びに来ていた。梨花はこの時、駆け出しのアイドルだったので、選べない仕事に励んでいた。


 久しぶりに二人で遊べるとなったので、オレもソラも感極まって街中を駆け抜けた。そして、事件は秘密基地で起こった。


 山の下。駅から少し離れた所に、小さいときに秘密基地にしていた廃ビルがある。オレはソラと水鉄砲を持って、そこで撃ち合いをしていた。


 存分に遊びつくして、もう帰ろうかとなった時、嗅ぎなれない嫌な臭いが鼻先を突いた。


 オレたちは三階に居て、階段を上ってここに来た。


 元々、何のビルだったかは分からないが、今思うと何かのオフィスビルだったのだろう。部屋が二つあって、廊下にはエレベーターと階段。勿論、エレベーターなんて動いているわけがない。


 何かあったのか。オレたちは廊下に出て、階段の方へとそっと目をやる。踊り場の先が真っ赤に染まっていた。


 反射的にソラが身を引いたので、自ら進んで階段をゆっくりと降りてみる。


 自分だって逃げ出したかったが、何かあったら年上のオレが従弟を守らなきゃいけない。


 その気持ちが少しでも足を前に進められる。踊り場に足を付け、ゆっくりと振り向く。目の前の光景に気を失いそうになる。


 階段の下は炎に包まれていた。充満する煙、音を立てて崩れ落ちる棚、ボロボロと剥がれ落ちる壁。まるで自然の支配者が人間に戦争を仕掛けにきたのかと思う程だった。


 オレは踵を返して階段を駆けのぼる。元居た廊下へと戻ると、その様子を見たソラが、どういう事かと目を丸くする。


 この時、オレだって冷静じゃなかったから、従弟に「火事だ!」と言ってしまった。だから、ソラも仰天して大声で「うわぁぁぁ!」という悲鳴を叫んでしまった。


 どうしよう、どうしよう。二人は交互に言いながら、奥の部屋へと逃げ込んだ。ソラはずっと、オレにしがみついて泣いていた。こっちだってどうしていいか分からなかった。


 ひとしきり泣いて、喚いて叫んだ頃、オレが先に落ち着きを取り戻した。今ここでソラを守れるのは自分だけだというのを思い出し、少しでも冷静になんなければいけないと思った。


「大丈夫だ、ソラ」とオレは根拠の無い話をするしかなかった。


「オレの親父は消防士だ。つまり、この街を守るヒーローだ。ソラはいい子だから、絶対ヒーローが助けに来てくれるんだ」


 そう言ってソラを励ましながらも、自分にそうだと言い聞かせていた。


 オレだって恐いものは恐い、子供だから何も出来ない。ここで出来るのは親父を始めとする、この街のヒーローを待つことだけだったんだ。


 そして、祈りは通じた。外から大きなサイレンが鳴り響いた。


「ヒーローがやってきたぞ!」


 もう安心だ、とオレはその場で叫ぶように言った。安心したのか、ソラも腰が抜けたようにその場でへたり込んだ。


 そこから先は、良く覚えていない。気づいた時には病院に居て、隣のベッドではソラが泣いていた。助かった喜びで、泣いているのかとオレは思った。だけど、それは違ったんだ。


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