第2話


 入学式を終えたオレはクラス分けの張り出しを見る為に、悪友のツツミチと掲示板へと足を運んだ。


 オレの苗字はツツミチ同様、「あ行」だ。いつもなら恐ろしく速く見つかってしまうが、今日は少しだけ時間が掛かった。


 稲瀬、稲田、大丸、押立。


 オレの上に四人もあ行が居るのは珍しいと思った。それをツツミチに言うと「そんなのより、また同じクラスだ。よろしく」と返ってきた。言われてみると、どうでもいい気がしてきた。


 押立の下にもう一つ同じ苗字が並んでいるのを、ツツミチに聞かれると思ったが、どうやら気づかなかったようだ。


 単純に従妹が同じクラスに居るだけだし、そんなのは後で説明すればいいやと思った。


 教室に入ると、黒板に席順の紙が貼られていた。


 右上から稲瀬。稲田、その下が大丸、隣がオレ。


 そうなると、従妹はオレの右後ろの席になるが、ほとんど学校には来ないだろうから、どうでもいい話だ。ツツミチとオレは、貼られた席順の通りに席へと腰かける。


 ツツミチの隣の稲瀬という名前は、どうやら女子のようだった。ショートヘアの小さな女子で、どこか凛々しい顔つきをしていた。


 かくいうオレの隣は空席だった。その後ろも居ないのは、従妹の席だから仕方ないとして、隣の大丸って人も特殊な仕事をしているのだろうか。


 しばらくすると担任の男性がやってきて、境健五だと名を告げた。


 教科は数学で、天文部の顧問だと簡単に紹介した。興味があれば是非、私の所までと言っていたが、興味がないので聞き流した。


 それでは、という感じで担任の合図で自己紹介が始まった。出席番号一番、稲瀬みのり。中学は私立に行っていたので、共学に早く馴染めるように頑張るとの事だった。


「出席番号、二番。稲田ツツミチです。彼女募集中です」と相変わらずの悪友だった。


「それじゃ……大丸。大丸は居ないのか?」と担任がオレの隣の空席を見て言った。居ないのは火を見るより明らかだろうと思ったが、別の席に座っている可能性もあるのか。


 なら、次はオレの番だな。中学は市立だし、彼女も別に募集はしてない。なんて言おうか、と考えていた時だった。


「すみません」ドアが開いて、息せき切らした女の子が教室に飛び込んできた。


「大丸です。大丸、あお……です!」


 黒髪の綺麗な女の子だった。どこか言葉に訛りでも入っているのか、こっちではあまり聞きなれない発音だと思った。


「遅刻か?」と担任が問うと、再び彼女は「スイマセン」と言った。


「道に……迷ってしまって」


 ペコペコと頭を下げる様子を見て、小動物のように見えたオレは少し頬が緩んだ。それも束の間の話だった。次の瞬間、緩んだ頬が引き締まってしまう程の衝撃を受ける事になる。


「席はあの男子の隣だ」と担任の台詞に、黒髪の彼女は顔を上げる。


 それを見たオレは頭が真っ白になってしまった。


 驚きで言葉が出ないという慣用句があるが、オレはそれが間違いではないと思った。


 そこにはメアリーが居た。


 どういう事なんだ。オレは両目を擦って、再び彼女の顔を見る。


 丸くてつぶらな瞳、あの世界の人間にしては堀りが浅い顔。少し赤い頬。目の色も髪色も黒いけど、彼女は夢に出てきた、侯爵の娘メアリーとうり二つだった。


「ええとぉ、京都から来ました。大丸アオです。こっちは初めてなので、皆さんよろしゅうお願いします」


 メアリーは夢で来世で会いに来ると言った。


 まさか、あれは本当の言葉。予知夢だったのか。そうなると、彼女もあっちの記憶を持っているのか。オレを見て、ギムレットだと気づいてくれるのだろうか。


「クロ。おい、クロ!」


 ツツミチの声にオレは顔を上げる。見ると、クラス全員の視線がこちらへと集まっていた。


「自己紹介、お前の番だぞ」


「あ、ああ……」と我に返ったオレは立ち上がる。


「ええっと、押立……クロです」


 色々考えていた筈だったが、メアリーの事で一杯になってしまった頭では何も出てこなかった。


「よろしく……おねがいします」と言って、オレは座ってしまう。


「そんだけかよ」とツツミチが苦笑いする。今のオレにはそれだけしか言葉が出て来なかった。


「次は……ん? ちょっと、押立。押立梨花は休みか?」と担任がオレの方を向いて言った。梨花がオレの従妹だと、教師側も把握しているようだった。


「あ、っと、梨花は収録だから無理だって。……せめて入学式は出たいとは言ってたんですけど、マネージャーに仕事入れられてしまったみたいです」


「そうか」と言って担任は自己紹介を再開した。


 この時、再びオレはメアリーの事を考えてしまった為、クラス中から集められた視線に気づきもしなかった。


 剣と魔法の世界で魔物を倒した時のギムレットのように、まさかオレにまで周りの奴らの注目が集まるとは思いもしなかったのだ。


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