第40話

 宴もたけなわというか、タコ焼きのタネが尽きてきた頃。


 いよいよ真価を発揮するという、意味の分からない言葉を掲げて上谷戸きのみが動きだした。


 卵を割り、牛乳をボウルに注ぎ、泡だて器で撹拌する。


 そこに取り出したのは、ホットケーキミックス。


 何故タコ焼き器を目の前にして、そんなものを用意したのかは意味が分からない。他の面子も不思議そうにしていたけど、誰もが口を出せなかった。


 ボウルの中にホットケーキミックスを少し入れ、撹拌してはまた少し入れる。少しづつ、生地がボウルの中で出来上がっていく。


 ご飯はあるかい、と上谷戸きのみは問いかける。オレは朝に炊いたものがあるけれど、少し匂いが気になるかもしれないと言った。


 その言葉に、上谷戸きのみが何故か親指を立てる。炊き立てより、そっちの方がいいとのだとか。


 この時点で、上谷戸きのみの目論見は把握出来た。彼女は先ほどの宣言通り、カステラと焼きおにぎりと作るつもりなんだろう。


 ご飯をどんぶり半分くらいに入れて、醤油と鰹節を入れて混ぜる。まるで猫まんまだけど、これをどう焼くというのだ。


 右手に生地の入ったボウル、左手に猫まんまのどんぶりを用意。いざゆかんとばかりに、上谷戸きのみはタコ焼き器の前に腰を下ろす。


 二台あるタコ焼き器の一台にホットケーキミックス、もう一台は焼きおにぎり。


 そう思っていた我々の予想を裏切るかのように、上谷戸きのみは一台の八つの穴だけにご飯を詰め込み始める。二十あるうちの八、二台で十六。


 残る十二には、ホットケーキミックスで作った生地を流し始める。この時、タコ焼きみたく穴に並々入れるのではなく、八分目くらいに抑えていた。


 本当に妙な光景だ。


 二基あるタコ焼き器の両方とも、半分に米が詰まっていて、半分がホットケーキミックス。


 これは確かにちゃんとした使い方ではない。他の皆もその様子を固唾を飲んで見守っていた。


 上谷戸きのみが竹串を使い、生地の色を確認した。ご飯よりもホットケーキミックスの方が、火の通りが速いようだった。


 すると上谷戸きのみは、十二の半分、六つの穴の生地の方に小さなチョコを落とし始める。


 そして、チョコを入れていない方の生地をくるりと回し取り、焼き目がついていない方をチョコの入れた生地と重ねた。


 丸いどら焼きのようになった生地。くるくると回して、焼き目をつけていった。


 それをしながら、もう片方の手で竹串を握ると、ご飯のほうをひっくり返す。穴に入った猫まんまは、綺麗な焼き目がついて香ばしい醤油の匂いがした。


 ここでようやくオレはカステラというのが、鈴カステラだったと理解した。


 こうしてタコ焼き器には、ピンポン球のような焼きおにぎりと、鈴カステラが同時に出来上がったのであった。


 あまりにもの手際の良い。先ほどまで上手にタコ焼きを作っていたアオさんですら、感嘆の声が出る程であった。


「すげーな、本当にカステラと焼きおにぎりを同時に作るなんて……」


 滅多に他人を褒めないソラですら、無意識に拍手をしてしまうくらい衝撃の出来事だ。


 問題の味はというと、問題ないどころか、市販で通じるんじゃないかってくらい。


 焼きおにぎりは表面カリカリのおこげになっていて、醤油の香りが口一杯に広がっていく。


 鈴カステラもホットケーキミックスを使ったのは嘘かって思える程、ふわふわの優しい仕上がりとなっていた。


 皆から好評を頂き、上谷戸きのみもまんざらでもない様子だった。


 梨花もソラも満足げな表情と色で、今日の催しは大成功と言っても差し支えない。従妹が皆と打ち解けられたようだし、本当に良かったと思った。


 そんな和気あいあいを邪魔するかのように、インターフォンが鳴った。まだ皆も食べていたので、オレが対応すると言って玄関に向かった。

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