第41話


「押立くん、居ますか?」とスピーカー越しに女の子の声した。


「オレがそうだけど、なに?」


「あ、おっしい? 宿題に使うプリント、忘れてたから届けに来たんだけど」


 宿題なんて出てたっけか。そう思った時点で、忘れている証拠だ。


 クラスの誰かは知らないが、オレは一言詫びを入れてエントランスを解錠した。っていうか、おっしいって何だ。


 下まで取りに行こうと思ったけど、折角なら上谷戸きのみの傑作を見て驚いて貰おうと思った。


 しばらくすると玄関にノックの音がした。オレは軽快にドアを開ける。驚いたのはこっちだった。そこに居たのは見知らぬ女の子だった。


「……えっ、どちらさま?」


 クラスメイトの全員の名前は知らないが、少なくとも見覚えのない子だった。


 背はソラと同じくらいで、ミドルショートヘアの女の子。梨花レベルに可愛い子だし、こんな子がクラスに居て見覚えのないわけがないんだ。


「あれ、おっし……ソラくんは?」


 そして瞬時に理解した。この子は押立クロではなく、従弟のクラスメイトだ。同じ押立であるが故の間違いだ。オレはソラを呼ぶことにした。


「おい、ソラ! お前、デートだったら、断るなって言ったろう!」


 オレは敢えてリビングまで響く声を出してみた。どんな反応でソラがやってくるかなと楽しみにしていたが、意外にも面倒そうな表情で廊下に出てきた。


「デートの約束なんかしてないんだけど……」


 ソラが玄関の女の子を見るなり、目を丸くした。


「……え。そ、あ……穴沢?」


「もー、おっしい。宿題、忘れてたよ」


 そんな色は全く出てないのに不満げな表情を向けて、女の子がソラにプリントを差し出した。


「……あ、わざわざ済まない」


「うん、貸し一つね」


 がはにかむと、何故かソラは照れ臭そうな色を出した。


「それじゃ、あたしはこれで……」


「あ、ちょっと待て」


 ソラが女の子を引き留めて、慌ててリビングへと戻る。何をしに行ったのか、オレも戻るとソラが戸棚を漁っていた。


 棚からビニール袋を見つけると、上谷戸に断りを入れて鈴カステラを三つほど袋に詰め込んだ。


「折角なら、ラッピングでもしたら」


 梨花が愉快そうな表情で、リボンをソラに差し出した。


「そ……穴沢に、そんな気の遣い方したくない」


 そう言い残して、ソラは再び、玄関へと行ってしまった。オレとツツミチは顔を見合わせると、隠れるように玄関を覗き見る。


「おすそ分けだ」とソラが照れ臭そうに、カステラの入った袋を渡していた。女の子は嬉しそうにそれを受け取ると、笑顔で玄関を去っていった。


「なになに、ソラきゅんも隅におけないねぇ」


 戻ってきたソラに向かって、からかうような言葉を入れたのは勿論ツツミチだった。


「そ、そんなんじゃねえよ」とソラは顔を赤くして、オレの隣に腰かける。


「ねぇ、今、ソラくん。穴沢って言ったけど、天ちゃん?」


 上谷戸きのみの問いに、ソラが目を丸くする。


「え、うん。知ってるの?」


「知ってる。夢想先輩の妹の幼馴染」


「マジか!」とオレとツツミチが同時に驚いた。


 無双先輩とは中学の時に喧嘩番長的な立ち位置に居て、校内で知らない人は居ないと言われているくらいの存在だった。


 ちなみに無双先輩は高校も同じで、どうにか顔を合わせないように今までやってきている。


「お前、とんでもない子と仲良くなったなぁ」


 ツツミチが憐みの目をソラに向けた。


「あの人の知り合いか……がんばれソラ」


「だから、そんなんじゃねえって!」と顔を真っ赤にして、ソラは叫んだのだった。


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