第42話
こうして、大盛況のうちにタコ焼きパーティは終了となり、梨花はすっかり女性陣と打ち解けていた。
アオさんは元々、梨花と仲良くなりたいと思っただけあって、色々と従妹に気を回してくれた。
上谷戸きのみはその天然っぷりを炸裂してくれたので、はなっから梨花に警戒心を持たせなかった。
そのフォローを入れたのが、南タマキさん。
ボケが上谷戸きのみで、ツッコミがアオさんだとしたら、南タマキさんは解説役だ。丁度いい塩梅のコントになったのも、彼女の力あってのことだ。
終わる頃には、梨花は全員の呼称を下の名前で呼ぶほどだったので、我々の目論見通り以上の結果と言っても差し支えない。
むしろ、オレとソラとツツミチは要らなかったかもしれない。
全員で後片付けの時間となった。押立面子は何もしなかったので、後片付けくらい押し付けてくれても良かったのに、それ以外の全員が満場一致で却下した。
「終わり良ければという言葉があるように、その逆をしたら後味が悪い」と主張したのがアオさんだった。
「中途半端はいけないって思うんだよね、クロくん」と尤もらしい事を言ったのは上谷戸きのみだった。
七人も居たから、役割分担はあみだくじで決める話になった。
その結果、梨花とツツミチは洗い物。アオさんと南タマキさんがゴミ捨て、ソラと上谷戸きのみが食器下げ。
オレが名前を書いた線の先には、当たりと記載されていた。当たりを引いたから、一回休みというらしい。
「クロは座ってていいよ」とソラは笑顔で言った。体のいい厄介払いをされたような気分だった。
皆が何かしている中、一人だけ座っているのも落ち着かない。誰かの手伝いが出来ないか、辺りを見回してみる。
梨花が流しで食器洗い、ツツミチがタオルで水分を拭っている。キッチンは狭いから、あそこには入れない。
アオさんは南タマキさんと仲良くゴミを分別している。可燃ごみと不燃ごみの定義が曖昧なオレが入ると、かえって迷惑になる恐れあり。
ソラと上谷戸きのみの様子を見る。上谷戸きのみが食器を重ね、ソラがそれを黙々と運んでいる。
ふと、オレはタコ焼き器がそのままなのが気になった。一番大きな代物だし、片づけるなら先にやった方が良いんじゃないのか。上谷戸きのみに声をかけてみる。
「何でたこ焼き器、後回しなんだ?」
「あれ元々、ホットプレートだから、タコ焼きプレートを外さないと駄目なの」
上谷戸きのみの台詞を聞いて、オレは少し関心した。
そうか。タコ焼き器オンリーなら、上谷戸きのみ以外の人間はタコ焼きしか作れない。だ
が、プレートを変えられるタイプなら、他の用途にも使えるという仕組みなのか。見た目は普通のたこ焼き器なのに、そんな仕掛けが施されていたとは。
ここで押立クロという、馬鹿の男の本領が発揮された。
基本的にこの馬鹿は、何もかもを考えながら行動するように心がけてはいるが、裏を返すと心がけていない時は何も考えてはいない。
押立クロは馬鹿なので、本当に外れるのかを確かめたくなった。
結果、何も考えないで行動に出てしまった馬鹿は、タコ焼きプレートへと手を伸ばしてしまった。
「っつ!」
指先にクソ熱い衝撃が走った。熱を保っていたプレートが、容赦ない制裁を加えてきた。
湯気が出てなかったから、気づかなかったんだ。自分に言い訳してみるが、やっちまったものは仕方ない。
周りに気づかれないように、出来るだけ悲鳴を抑えるだけだった。だけど、その痴態を目の当たりにしている人間が居た。
「ちょっ、何やってんの!」
手をひったくるように握ってきたのは、上谷戸きのみだった。あからさまに焦りの色が、彼女の身体中から溢れ出ていた。そのままオレの手を引っ張り、台所へと足先を向ける。
「ごめん、梨花ちゃん!」
洗い物をしている梨花に割り込んだ彼女は、握ったままのオレの手を蛇口の下へと引っ張った。出ていたのがお湯だったので、急いでコックを捻って水にした。
お湯はやがて水になり、火傷部分が冷たくなっていくのを感じる。だけど、握ったままの彼女の温もりは、ずっと手のひらに残っていた。
「わ、わりぃ」
申し訳なさから、盗み見るように上谷戸きのみの方を向く。オレの手を見つめる彼女、表情は真剣そのもの。
そして、溢れるくらいのエーテルが見えていた。
何故だ、と声に出しそうになったのを堪えるくらい、今日で一番驚いた。
タコ焼きにキャベツが入っていたのも、たこ焼き器でカステラを作ったのだって霞んでしまうくらいの衝撃だった。
オレは今、状態可視を使っていない。
出来るだけ理性を保ったまま、梨花を見る。
「大丈夫?」と心配そうな表情をしていて、エーテルは見えない。
深く息を吸い込んで、ツツミチを見る。
「何やってんだよ」と苦笑いを浮かべているが、奴のエーテルも見えなかった。
大きく息を吐いて、上谷戸きのみの方を見る。
真剣な色を纏ったエーテルが、彼女を包み込んでいた。
そして、更に心が乱される事態が起こる。
「これで大丈夫かな」と彼女が手を離した瞬間、上谷戸きのみの身体からエーテルが消えていった。
目を疑ったオレは、意識的に状態可視を使った。彼女の身体のエーテルが、再び浮かび上がってくる。
状態可視を止めてみる。瞬時に彼女の身体から、エーテルが見えなくなってしまった。
「クロくん?」
「ねぇ、クロってば!」
上谷戸きのみと梨花の言葉に、オレは何とか我に返る。今はぼんやりしていられる状況じゃない、何とか抑えて二人に返事をしなければ。
「す、すまん……」
動揺しすぎてたせいか、口に出た言葉が自分の声じゃないように思えた。
「ねぇ、大丈夫なの?」と梨花が心配そうな声を出した。
「大丈夫だって、軽い火傷だし……」とオレはわざと明るい声を出し、自分の指先を見る。
絶句した。先ほどのエーテルの動きもあって、本格的にオレの目はおかしくなってしまったのかと思った。
先ほどまで水に当たってた部分はヒリヒリと痛んでいた筈で、確実に火傷で水膨れになっているに違いなかった。
にも関わらず、何が起こった。オレの指先は痛みはおろか、火傷をした形跡すら残っていない。
「良かったぁ……」と梨花が大きな安堵の息を漏らした。
その一方でオレはひどく混乱していた。何度も火傷をした経験はないが、無傷で済む筈の無い種類の痛みだ。ふと、上谷戸きのみの方を向く。
「良かったね」と満面の笑みでこっちを見つめていた。その瞬間、オレの中のギムレットが警笛を鳴らしたような気がした。
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