刺青・3
その年、赤竜は度々王都を襲った。
当時の赤竜討伐団には、
いや、まったくの無策だったと表現するのが正確だろう。討伐団員は腕さえ立てば身分不問なだけに、粗暴な荒くれ者の寄せ集めでしかなかった。団員たちの士気はおしなべて低く、ただ赤竜が現れたときに得意な武器を振り回して給金を稼げればよいと考えている者ばかりだった。ジェラベルドもまた、そうした団員の一人であった。
だがおざなりに戦って楽に勝てるほど、赤竜は甘くはない。赤竜が角突けば建物が潰れ、羽ばたけば風圧で木々がなぎ倒される。鋭い爪牙も危険だ。赤竜討伐団の仕事は、ジェラベルドが想像していたよりもはるかに死に近しかった。
事実、殉職者や負傷者は後を絶たなかった。昼に隣でパンをかじっていた仲間が、夕方には赤竜の爪で串刺しにされる。よくあることだった。ジェラベルドは仲間の死にも、むせ返るような人血の臭いにも耐えねばならなかった。だからこそ赤竜討伐団は身分不問なのだと、諦めに近い納得もした。
ジェラベルドが入団してから
とある貴族の庭園で、ちょうど当主の孫娘の誕生を祝う宴会が行われていて、多くの貴族たちが音楽に合わせて踊り歌っていた。赤竜はそこを襲ったのである。花壇や彫像は美を解さぬイボだらけの四肢によって
その日ジェラベルドとともに出撃した団員の中に、フェルランツという同期入団の男がいた。名前だけで、名字はなかった。
フェルランツはジェラベルドより二つ年下、シノと同い年の十八歳だった。赤竜討伐団では珍しく、ジェラベルドの胸に届くか届かないかの小柄で細身の少年だった。剣技はまだまだ未熟、試験もぎりぎり合格で、ほかの団員と比べても圧倒的に体力で劣っていた。
ただフェルランツは見かけによらず根性のある男で、きつい訓練にも音を上げなかった。剣の腕を磨こうと必死で、ジェラベルドにも頭を下げて指導を乞うてきた。他人から丁寧に頭を下げられたのも初めてのことだったから、ジェラベルドは喜んで助言を与えた。弟子というほどではなかったが、思えば彼が、ジェラベルドが初めて剣を教えた相手だった。
その日フェルランツは、避難する貴族たちの誘導に当たっていた。赤竜の頭がよそを向いているうちに、屋敷の正門から貴族を逃がす手はずだった。ジェラベルドは、三本爪を振り回して暴れる赤竜の右前方にいた。
赤竜は翼を縮め頭を低くして、討伐団員を
しかしこのままでは
「俺が頭を狙うから、誰か援護してくれないか」
ジェラベルドは仲間たちに呼びかけたが、聞こえていないのか自信がないのか、誰
からも返事はなかった。シノの不在が悔しかった。この日シノは非番で、サナティアにいなかったのだ。彼女なら、真っ先に声を挙げてくれるだろうに。
決め手を欠いたままの討伐団を嘲笑うかのように、赤竜は突然翼を広げた。突風が起こって、逃げる貴族たちがよろめく。赤竜の翼は両腕と同様に自在に動く。
「危ない!」
フェルランツが飛び出して、婦人をかばった。翼牙がフェルランツの背をえぐって、鮮血がほとばしった。赤竜はそのままガバヒリ山のほうへと飛び去っていった。
「フェルランツ! 大丈夫か!?」
ジェラベルドが駆け寄ったとき、フェルランツは婦人に覆い被さるようにして倒れていた。ジェラベルドが二人を助け起こそうとしたとき、避難していた彼女の夫が駆け寄ってきて、こう叫んだのだ。
「私の妻子に触るな!
それだけでもジェラベルドを憤慨させるには十分だったが、その男は瀕死のフェルランツを足蹴にしさえした。自分はいち早く逃げておきながら、身を挺して妻を救ったフェルランツに対して何たる仕打ちだろう。怒りに駆られて立ち上がろうとしたジェラベルドの袖を、フェルランツが震える手で掴んだ。
救われた妻がフェルランツに何か言葉をかける前に、夫は強引に彼女を引っ張っていってしまった。
フェルランツは王城の兵士病棟に運び込まれる前に死んだ。仲間の死には慣れ始めていたジェラベルドも、さすがにこのときばかりは堪えきれず、声を殺して泣いた。
その後、王城事務官がフェルランツの死亡通知を送ろうとしたとき、その名前が実は偽名だったことが判明した。本当はサナティア南方の、とある由緒正しい貴族家の長男坊だったが、貴族の生活に嫌気が差して家出して討伐団に入っていたのだという。
フェルランツは少しも賤しくなどなかった。赤竜討伐団に入ったから、そう思われただけだ。
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