良き友・2

「ジェラベルド、『東方六領主会』という団体から、依頼が来ているぞ」

 翌日、ジェラベルドが赤竜討伐団の営舎に赴くなりシノが言った。その手の内に白い封筒がある。

 ほかの団員にはいつもと変わらぬ無表情の団長に見えるだろうが、ジェラベルドにはシノの目が微妙に笑っているのが分かる。何となく嫌な予感を覚えつつ、「読んでくれ」と頼む。この頃のジェラベルドは、ほとんど文字が読めなかった。

「東方六領主会」とは、その名の通りサナティア東部に所領を持つ貴族六家からなる団体らしい。不作の年には収穫物を融通し合い、どこかの所領内に赤竜や災害による損害が発生したら復興に協力し合うといった相互扶助を目的としたもので、つまり庶民風に言えば寄合よりあいである。――とはいえここ数年、東部では目立った不作も赤竜の襲撃もなく、「会合」と称して定期的にパーティを開くだけの、仲良し貴族の集まりにすぎない(これはシノによる勝手な補足説明だ)。

 その「会合」が、明晩開かれる。万が一赤竜が襲来したときに備えて、赤竜討伐団に護衛部隊を派遣してほしい――というのが、依頼内容であった。

「『会合』の開催場所は六領主の一人、アルビアン卿の邸宅だ。『なお、護衛部隊の指揮は、副団長ジェラベルド・バルナランド様にぜひお願いしたい』だそうだぞ」

 ああ、やはりか。アルビアン卿は、会合の場で娘の婚約を大々的に発表するつもりなのだ。

「ちなみに私も行くぞ」

「それなら、団長のお前が指揮を執るのが筋だろう。俺が行くことはない」

「討伐団として行くのではない。フィングレイ家も東部に多少の所領を持っているから、毎回招待されているのだ。あいにく今回は父もロアンも多忙だから、私が代理で行くことになった」

 嘘だ、とジェラベルドは思った。シノはジェラベルドの婚約発表見たさに、自分が行くと主張したに違いない。

「昨日ソーラスから聞いたぞ? お前も水くさいな、ジェラベルド。こんなめでたい話を、どうして私に教えてくれなかったのだ」

 シノが声を潜める。ジェラベルドは親友の口の軽さを呪った。そのくせ大事な部分は伝わっていない。

「『親同士が勝手に盛り上がっているだけだ』、と聞かなかったか」

「ソーラスからは『すごくお似合いの二人だよ!』と聞いているが」

「あいつめ」

 どうやらまたご馳走してもらう必要がありそうだ。

「その仕事、どうにか断れないのか」

「団長権限ですぐに承諾の返事を出した。先方にはとっくに届いているはずだ」

 ジェラベルドは頭を抱えて長い息を吐いた。一度承諾した依頼を断っては、長年かけて培ってきた貴族たちからの信頼を損ねる。それに副団長としても、団長の命令に従わないわけにはいかない。

 と、シノがジェラベルドの肩にそっと手を置いた。

「ジェラベルド、私はずっとこの日を待っていたのだ。お前に良縁が巡ってくる日を」

 相棒がふと見せた柔らかな微笑は、ジェラベルドに遅すぎる発見をもたらした。

 十年前、二人が夫婦にならないことを選択したのは自分だけではなかったのではないか。望むと望まぬとにかかわらず、シノにも父親の言うなりにジェラベルドと結婚して、世間並の家族を作る選択肢があったはずだ。

 シノはこの国に生まれた女にとって最も無難な人生を退けた。自らの生き方を貫き、ジェラベルドにふさわしい妻が現れるのを待つために。

 一方ジェラベルドはいつまでもシノへの思いを引きずっていた。この十年、ジェラベルドには常に過去があり、シノには常に未来があった。

「……巡回に行ってくる」

 ジェラベルドはシノに背を向けた。自分の情けなさは心の中だけで謝る。語り合った言葉の数よりも、飲み込んだ言葉の数で深まる絆があることを、ジェラベルドはもう知っていた。

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