過去・3 良き友

良き友・1

過去・3 良き友


 ソフィシアをハーン邸に連れて行った翌々日の「御用納め時」、ソーラスは赤竜討伐団の営舎に現れた。

「ジェラビー、おとといはごめんね! お詫びに今晩は何かご馳走するよ」

 ジェラベルドは一日の仕事を終え、剣を磨いていたところだった。

「おとといご馳走されたばかりだと思うが……。いいのか、ペルルとトートを置いてきて」

「ペルルにご馳走してきなって言われたんだよ。彼女は何でもご馳走で解決できると思ってるからね」

 呆れた口調の割に、ソーラスの顔面は嫁が可愛くてたまらないと言わんばかりに緩みきっていた。

「そうか」

 ジェラベルドは笑いながら。剣を鞘に収めた。

「それなら、ペルルのお言葉に甘えよう」

 ソーラスと一緒に行くのは、いつもと同じ「銀の猟犬」だ。とはいえ、ソーラスが結婚してから、男同士で飲みに行く機会はなくなっていたから、ジェラベルドがここへ来たのはほぼ三年ぶりだった。

「あの後、ソフィシアちゃんとはどうだった?」

 食前酒を飲み干すや否や、ソーラスが尋ねてきた。

「どう、も何も……何もしていない。料理を教えて、別々に寝ただけだ」

「料理を、教えた?」

 ソーラスの目が鋭く光った。しまったと思った。貴族の女性は、普通は料理などしないものだ。

「あのさジェラビー、魔道士の勘なんだけどさ……、もしかして彼女、何か訳ありだったりする?」

 別に魔道士でなくても気づくだろう。口を滑らせたのが、すぐ顔に出るのがジェラベルドだ。

 前菜のチーズを飲み込んで、ジェラベルドはひとつため息をついた。

「……今度は、ペルルにも言うな」

 ジェラベルドは、ソフィシアが妊娠していること、子どもの父親はすでにこの世にいないこと、彼女の両親はそれをまだ知らないことを話した。ソフィシアにはすまないと思いつつも、ソーラスに話して少し気が楽になっている自分に気づく。

「……それで、ジェラビーは、どうするの?」

 話を聞き終えたソーラスは、いつになく神妙な顔つきになっていた。

「もっともな理由をつけて、破談にしてもらうしかないだろう」

「結婚しちゃうっていう選択肢はないの?」

 単刀直入な問いだったが、適当な答えはすぐに見つからなかった。

 注文した料理がどんどん机の上を埋めていく。主菜は脂身の多い豚肉の塊を、野菜と牛骨のスープで柔らかく煮て、ジェラベルドの知らない材料で作られた黒っぽいソースをかけたものだ。ソーラスの大好物なのに、彼は手をつけずにジェラベルドの返答を待っていた。

「……子どもの親は、同情で引き受ける役目じゃない」

 結局、正直な気持ちを口にした。

 ソフィシアのことは気の毒だと思う。助けてあげたいと思うくらいには情も移っている。けれども、そのために結婚することはできない。親になるには重大な責任が伴う。まして自分とは似ても似つかないだろう子を愛して、立派に育て上げる自信などなかった。

 ジェラベルドが話し終わったとき、ソーラスは笑みを浮かべていた。

「そこまで真剣に考えてるのを、『同情』とは言わないよ」

 そうだろうか、とジェラベルドは思う。同情でないなら何だろう。ジェラベルドには適切な言葉が分からなかったが、なぜかソーラスに聞くことはできなかった。

「大丈夫だよ、ジェラビー。君は絶対に、いい父親になれる」

 ソーラスが空色の瞳を細めて微笑む。根拠は聞くまでもなかった。どうせ「魔道士の勘」だろう。

「……早く食え。冷めたら脂が固まるぞ」

 友の言葉を、心強く感じている自分を認めたくはなかった。

 ジェラベルドは強引に話を打ち切り、豚肉にソースをたっぷりつけて口に運んだ。旨いが、ジェラベルドには贅沢すぎる味だった。

 自分と結婚しなければ、ソフィシアの子どもは毎日こういう料理を食べるのだろうか。そんな考えが頭に浮かぶと、妙に寂しかった。

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