初弟子・2
ジェラベルドは、トートの父親であるソーラス・ハーン博士と少年時代から親交があった。トートのことも、母親のお腹の中にいる頃から知っていた。
ハーン夫妻の葬儀を、ジェラベルドはよく覚えている。突然親友を失った悲しみよりも深く胸に突き刺さったのは、ひとり遺された幼いトートの姿だった。トートはまだ三歳で、二つの棺が土の中へ沈んでいくのを泣きもせずにただぼんやりと見つめていた。大人たちがいったい何をやっているのか、幼すぎて分からなかったのだろう。ジェラベルドは同じ子を持つ親として、夫妻の無念を思ってひどく胸を痛めたのだった。
「そんな顔をしないでください。僕はお師匠様と一緒に食事できて本当に嬉しいんですから。笑ってくださいよ!」
「笑うと、傷に障る」
「そうでしたね」
トートはおどけて舌を出す。
「お師匠様は、うちの父と仲良しだったんですよね? よかったら、父の話を聞かせてくださいませんか」
もしかするとトートにとって、剣を習うのはほんのついでで、本当はともに食卓を囲む相手が欲しかったのかもしれない。使用人は大勢いても、誰かを選んでこの食卓に招き入れることはできない。従順な使用人たちの間に、要らぬ不和を生み出しかねないからだ。
だからトートが一緒に食事するのは、外部の人間でなければならない。まずハーン家の財産に興味を示さず、そのうえ両親の話を詳しく語り聞かせてくれるような相手でなければ。――だが後者の条件において、ジェラベルドは自分が本当に適任かどうか判断しかねた。
「ソーラスは……いいやつだった。トートやお母さんのことを、とても大事にしていた。俺のような貧乏人にも良くしてくれた。ソーラスがいなかったら、いまの赤竜討伐団もなかったし、俺が人様に英雄などと呼んでもらえることもなかった」
ジェラベルドに言えるのは、たったそれだけだった。親友との思い出はたくさんあるはずなのに、いざ言葉にしようとするとありきたりなものになってしまう。
「ありがとうございます。お師匠様に父のことを褒めていただけるのは、とても光栄です」
けれどもトートは少しも失望した様子を見せず、にこにこして聞いている。ジェラベルドは左手を伸ばして再びトートの頭を撫でてやり、こみ上げてくるものをごまかした。
料理が続々と運ばれてきた。トマトのスープは、持ち手のついたカップに注がれて片手で飲めるようになっている。パン、茹でた色とりどりの野菜、分厚い鹿肉のステーキ、そのどれもがあらかじめ一口大に切り分けられている。右手を負傷しているジェラベルドへの配慮だった。ジェラベルドは料理長の気遣いに感謝する一方で、自分が急に老人になってしまったような気もした。
「お師匠様、それじゃあ今度は、赤竜のことをお聞きしてもいいですか。実は僕、あんまりよく知らなくて」
「何が聞きたい」
無愛想な答えだが、機嫌を悪くしたわけではない。こんな子ども相手にさえ気恥ずかしさが邪魔をして、優しい言葉が出ないのだ。ジェラベルドは口下手な自分にうんざりしつつ、「何でも聞け」と付け足した。
「赤竜は、どうしてサナティアを襲うんですか?」
「分からん」
「それは、お師匠様がご存じないという意味ですか?」
「いや、もちろん俺も分からんが、誰にも分からん、という意味だ」
赤竜とは、赤い蜥蜴に
言い伝えならある。太古の昔、ヴェスティオ族の民は竜の言葉を解し赤竜と共存していたが、あるとき双子の族長ヨタとヨハの間で争いが起き、二つの民族に分裂してしまったという。
赤竜の目玉や鱗は、古来より魔法具や薬の原料として珍重されてきた。現在のヴェスティオ国民は、赤竜を狩って外国との交易を盛んにすべきと考えたヨタ族の末裔だ。赤竜と仲良く共存していたヨハ族は遥か北方の地へ追いやられ、やがて滅んだという。それ以来、赤竜はヴェスティオの民を憎んでいるのだ――と。
「……単なるお伽話だ。本当のところは分からん」
ともかく、この国には赤竜の襲撃に備えて赤竜討伐団がある。ヴェスティオ王国軍とは別に、赤竜からサナティアを守ることに特化した王の直属部隊だ。
「なるほど、赤竜の生態は未だ解明されていないのですね?」
「そう、それが言いたかった。……もう少し簡単な質問にしてくれると助かる」
ジェラベルドは九歳の子どもに下手な説明を要約させたことを恥じた。
「それじゃあ……赤竜って、やっぱり赤いんですか?」
「赤い」
「大きいんですか?」
「大きい」
「角とか翼とか、生えてるんですか?」
「生えている」
これ以上ないほどに簡単な質問だが、ジェラベルドには言葉で赤竜の姿を子細に描写できるような表現力はなかった。さすがにトートも困惑の笑みを浮かべている。
「……すまん。後でシノに話してもらえ」
「いえ、こちらこそ……でもあとひとつだけ、いいですか」
「俺に答えられる質問なら」
「お師匠様にしか答えられないことです」
トートが青い瞳をまっすぐに向けてきた。
「お師匠様は、赤竜が怖かったですか?」
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