父と子・3

「ねーねーおとーさん、いつになったらシノちゃんくるのー?」

 ジェラベルドが赤竜討伐団の営舎を訪れてから、十日以上経っていた。ラウラはここ数日そればかりだ。「夕餉時」の食卓にシノが現れないと知るたびにしょんぼりしたり、へそを曲げたりする。

「忙しいんだろう」「明日は来るといいな」などと適当に返事をしていたジェラベルドだが、だんだん面倒くさくなってきて今日はついに「知らん」と言い切ってしまった。

「さてはおとーさん、シノちゃんとケンカしたんでしょー?」

「そんなことはない」

 実際は痛いところを突かれていたし、この会話の流れはまずい。やがてラウラが「シノちゃんをつれてきてよー!」と騒ぎだし、拒むと「おとーさんのばか!」と部屋に引きこもるのが、父の目にはありありと見えている。

 そうならなかったのは、トートが口を挟んだからだ。

「……もしかしてシノさんは、僕のことがお嫌いなんでしょうか」

 ジェラベルドには思いも寄らないことだった。

「まさか。どうしてそんな心配をするんだ」

「シノさんにとっては、ラウラちゃんも僕も、同じ『友人の子ども』ですよね? でも僕とラウラちゃんとでは、シノさんの態度は全然違うから……」

 確かに、シノはラウラに見せるような笑顔をトートに向けることはないし、そもそもトートにはさほど話しかけもしない。だからと言ってシノがトートを嫌っているとは、ジェラベルドは思わなかった。

「トートのほうが、ラウラよりもおとなだからじゃないの?」

 ラウラがトマトのスープをすくいながら言う。ジェラベルドも同意見だった。ただしトートのほうが二歳年上だからという意味ではなく、トートが大人以上に賢いからという意味だ。

「僕みたいな子どもを、嫌いな人はたくさんいます。『子どもらしくない』って」

 食事の手を止めて、トートは悲しそうにうつむく。ここ最近、トートには来客が多い。ハーン家の当主として多くの大人と接していると、嫌な気分になることもあるのだろう。

「……だとしても、シノは違う。賢い子どもを嫌うのは幼稚な大人だ」

「つまりー、シノちゃんがこないのは、やっぱりおとーさんとけんかしたからってことでしょ?」

 また話が戻ってしまった。ジェラベルドは苦笑して、おとなしくラウラに降参することにした。

「分かった。近いうちにシノのところに行って、仲直りしてこよう。次にシノが遊びに来るときには、トートを嫌っていないことも分かるだろう」

 ラウラが喜ぶ傍らで、トートは「ごめんなさい」と謝った。「お師匠様に、ご迷惑をおかけしてすみません」と。トートは、自分のために他人が無償で何かをしてくれることに慣れていないのだ。

「トートビアス」

 食事の後で、ジェラベルドはだしぬけにトートを抱き上げた。

「ひゃあっ!?」と驚きの声を上げ、足をばたばたさせるトートと、それを見上げて笑うラウラ。これは剣の師であることも、魔法の弟子であることも関係のない行為だった。心のままにそうしただけだ。

「今日は三人で一緒に寝よう。いいな、ラウラ?」

 ラウラは元気よく「いいよ!」と答える。良い子に育ってくれた。

「今度、みんなで出かけないか。……建国記念祭が、もうすぐ始まるな。連剣舞スヴェタンゼを一緒に観よう」

 まだ少し右肩が痛む。左手でトートを肩の上に抱え、右手をラウラと繋いだ。トートの細い背中を撫でると、首筋にしがみつく腕にかすかに力がこもった。

「ありがとう、ございます……」

 どうしてジェラベルドがこんなことをするのか、トートにはまだ分からないようだ。

 ソーラス、お前の息子を少し借りるぞ。

 心の中で亡き友に語りかける。ソーラスなら、むしろ喜んでくれるだろうと信じて。

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