剣士と赤竜
泡野瑤子
序章
序章
――重い。
確かに、赤竜と戦うための装備は重い。
だが二十歳で討伐団に入ってから二十年間、変わらず強靭な
「どうかなさいましたか、副団長?」
「いや……」
若い部下に声をかけられたとき、ジェラベルドはどう言葉にすればよいものか分からなかった。この感覚の出どころがよく分からない。「重い」とは感じるが、ただ「重い」だけではない気がする。いずれにせよ、ほんの些細な違和感だ。結局「何でもない」と返事をした。
「シノ団長が、先ほど三小隊を率いて出撃しました」
ジェラベルドは頷いた。ここから目と鼻の先にある集落で、赤竜が暴れ回っている。すでに住民が犠牲になっているようだ。これ以上の被害は食い止めなければならない。
「俺たちも出るぞ。――続け!」
八人の団員を連れて急造の野営地を出たとき、ふと見上げた空は高く澄んでいた。赤竜討伐団の雄姿に、避難してきた住民たちがわあっと歓声を上げる。彼らは王城周辺に住む貴族たちとは違う、粗末な服を着た人々だ。黒ずんだ顔で切実な眼差しを向けてくる子どもに、ジェラベルドはかつての自分を見た気がした。
「ジェラベルドさまあ! うちのばあさまの
ひとりの老爺が涙ながらにすがりついてくる。赤竜に平穏な生活を乱された人々を見るのは、いつまで経っても慣れない。ジェラベルドは節くれだった手を強く握り返し、「必ず」とだけ答えた。
集落の中心部へと歩を進めるにしたがって、赤竜の咆哮が大きく聞こえてくる。林を回り込むとついにその姿が見えた。
ここサナティアでは、天災は赤い竜の姿をしていた。
赤竜は鋭い角と両手に生えた三本爪を振り回し、取りつこうとする討伐団の仲間たちを威嚇している。無数のイボと鱗に覆われたからだは禍々しく赤い。その巨大さたるや、両の翼は早春の日を
「シノ!」
「お前が登れ」
シノは低く答えた。二十年来の相棒とのやり取りは短い。ジェラベルドはシノの意を汲んで赤竜の背後に回った。距離を注意深く縮め、赤竜がのそりと後ろ脚を持ち上げると素早く退く。隙を狙って、感覚の鈍い尾の付け根から頭まで駆け上がるつもりだった。赤竜の弱点は、その眉間にある頭蓋骨の
好機と見てジェラベルドが踏み寄ったとき、何を思ったか急に赤竜もぐるりと向きを変えた。ずしんと地面が揺れ、尾に打たれた煉瓦造りの民家があっけなく崩落する。赤竜の目はジェラベルドを捉え、逆にシノたちが死角に入った。役割は臨機応変に入れ替わる。今度はジェラベルドが、シノを赤竜の頭上に登らせるべく
赤竜が大きく首を巡らせて
――重い。
ほんの刹那の遅れが生じた。
斬られたとは思わなかった。目の前の空気が、いきなり炸裂したように感じただけだ。
「副団長!」「副団長!」「副団長が!」
ジェラベルドは、口々に叫ぶ仲間たちの悲鳴を他人事のように聞いた。
身体がいやに濡れているな。雨だろうか、こんなに晴れているのに――。
それが
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