父と子・5

「きょーうはー、シノちゃんがくるー! きょーうはー、シノちゃんとあっそぶー!」

「夕餉時」を前にして、ラウラは最高にご機嫌だ。いち早く食卓につき、久しぶりにシノに会える喜びを即興のメロディで表現しているのが微笑ましかった。ジェラベルドは音痴なので、一緒に歌うのはやめておく。

 一方トートは緊張した面持ちだ。まだシノに嫌われているのではと心配しているらしい。ジェラベルドが頭を撫でてやると、トートは少しほっとしたようにはにかんだ。つい子ども扱いして頭を撫でてしまうが、肩か背中を叩いてやるべきだったと思う。

 ドアをノックする音に、「きたー!」とラウラが元気に叫ぶ。

 ところがドアを開けても、そこにシノはいなかった。使用人がひとり入ってきて、神妙な顔でトートに耳打ちをしたとき、ジェラベルドにはそれが何の報せなのか想像がついてしまった。

「……今日は、シノさんはいらっしゃいません」

 トートが悲しげに告げると、ラウラはすぐさま「なんで!?」と叫んだ。

「お使いの方がいらっしゃったそうで……フィングレイ卿、つまりシノさんのお父様が、先ほど亡くなられたそうです」

「そうか……」

 ジェラベルドは目を伏せた。昨日会ったばかりだというのに、あまりにも早すぎる。心の底に重石が沈んでいくような苦しさは、深呼吸したくらいでは吐き出せそうになかった。

「それなら、ラウラがいかなきゃ!」

 ラウラがテーブル上の食器を鳴らして立ち上がる。

「ラウラがシノちゃんのそばにいてあげなきゃ!」

「駄目だ、ラウラ」

「どうして?」

「身内が亡くなったその日は、家族だけで過ごすものだ」

 それがこの国での一般常識だ。

「明日か明後日には、お葬式をするだろうから、そのときに行こう」

「シノちゃんは、かぞくだもん。そうでしょ」

 そう言い切れるラウラは純粋で、それゆえに残酷だった。

「ちがつながってなくても、かぞくだよね?」

 ラウラは瞳を潤ませてジェラベルドをまっすぐに見つめた。ジェラベルドとも、ソフィシアとも違う色の瞳だ。ジェラベルドには返すことのできない問いだった。否定すれば、ラウラもまたジェラベルドの娘ではなくなってしまう。

「ラウラ、まだちいさかったけど、ちゃんとおぼえてるもん。おかーさんがしんじゃったとき、シノちゃんはずっといっしょにいてくれたよ。おとーさんだって、おぼえてるでしょ?」

 その言葉は、ジェラベルドの人生で最もつらい記憶を容赦なくえぐった。

 ――ねえ……私、ほかに、好きな人ができたのよ。

 苦しげなソフィシアの声が、はっきりと脳裏に響いた。彼女を失ってからもう四年も経つのに、その記憶はいまだ生々しい。

「ラウラちゃん、お父さんを困らせちゃ駄目だよ」

 トートが立ち上がって、ラウラの手を取った。

「お師匠様、僕がラウラちゃんを連れて行きます。僕たちは子どもだから、大目に見てもらえるでしょう」

 ありがたい申し出ではあったが、ジェラベルドは首を縦に振らなかった。ラウラのために、トートまで非常識のそしりを受けるのは耐えがたい。

「……シノは、大丈夫だ。俺と違って」

 それは確かだ。シノはひとりでも悲しみに耐えられる。だが、それは自分がいまシノのために何もできないこととは関係がなかった。

「すまん。……食事は、後で部屋に運んでくれると助かる」

 本当は食欲など少しも湧かなかった。

 ジェラベルドが子どもたちを置いて席を立つと、トートは察した様子で頷き、ラウラを再び着席させた。ラウラももう何も言わず、おとなしく従った。どうやら子どもたちにまで気を遣わせるほど、動揺が顔に表れていたらしかった。

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