宿題・3
「俺は本当に馬鹿だ」
夕食の席で、ジェラベルドは頭を抱えていた。
やはりラウラの姿はない。代わりに、今日は来る予定ではなかったシノが座っている。「昨日の食事が旨かったので、また来たぞ」と厚かましいことを言っていたが、シノは何を食べても旨いと言うのでたぶん嘘だ。本当はラウラを心配して来てくれたのだろう。口には出さないが、ジェラベルドは密かにシノに感謝した。
トートによると、雄弁魔法には副作用はないとのことだった。ただ、言葉を滑らかにするということは頭の回転を速くするということなので、魔法が切れると自分が相対的に馬鹿になってしまったと錯覚することもあるらしい――もちろん、ジェラベルドが言っているのは、そういう意味ではない。
「ジェラベルド、うまく言葉が出ないのは、ラウラに対して遠慮があるからだ。いちいち下らないことを気にせず、正直な気持ちを伝えればいいのだ」
そう言うシノ自身は遠慮なく高級な葡萄酒を次々と空けていた。多少酔っ払っていても、シノの指摘は的を射ている。
「お前のことだから、『本当に俺がラウラの父親になってよかったのか?』とか、つい悩んだのだろう」
「シノ、それは……」
ジェラベルドは親子の秘密をあっさり暴露されて動揺したが、シノは無神経にそうしたわけではなかった。
「トートに隠しても無意味だぞ。気づいているのだろう、なあトート? 初めてラウラを見たとき、お前はそういう顔をしていた」
シノに水を向けられると、トートは決まり悪そうにもじゃもじゃの頭を掻いた。
「……それは、『魔道士の勘』か?」
「いえ、髪も目もお師匠様と色が違うから、もしかしたらと……」
「そうか……」
シノから酒瓶を奪ってグラス一杯分だけ飲み干した後、ジェラベルドは
ジェラベルドと出会う前から、妻のソフィシアはすでにラウラを身籠っていた。本当の父親は近衛兵団の一員だったが、隣国ディオラックの紛争鎮圧に派遣された際、我が子の存在すら知らぬままに命を落とした。
ラウラの金髪は母親譲りだが、珍しい紫色の瞳は父親と同じ色だという。ラウラはこのことをまだ知らない。もう少し大人になってから、時機を見て話そうとジェラベルドは考えている。
ソフィシアが妊娠していることは、承知の上で結婚を申し込んだ。最初は頑なに拒んでいたソフィシアも、やがてジェラベルドを夫として受け入れてくれた。だがまだ生まれていなかったラウラには、父親を選ぶことができなかった。そのことが、折に触れてジェラベルドを悩ませるのだ。
「下らない」
シノはきっぱりと言い捨てる。
「自分の親を選ぶことなど、誰にもできはしない。お前が自分の娘を選んだのだ。それで十分じゃないか」
言い方は手厳しいが、これでも一応励ましているつもりなのだ。
「そうだったんですか」
トートは目を伏せて、少し考えてから言葉を続けた。
「でも正直言って僕は、ラウラちゃんが羨ましいです。血は繋がってなくてもお父さんがいて、しかもわがままを言える間柄だってことですからね。僕がすねて部屋に引きこもったって、使用人を困らせるだけですし。一度でいいから、親子喧嘩してみたかったな」
三歳で両親を亡くしたトートからすれば、ジェラベルドの悩みなど贅沢すぎるくらいだった。ジェラベルドが謝罪の言葉を口にする前に、トートは笑顔で言った。
「さあ、そろそろラウラちゃんのところへ行ったらどうです? 早く仲直りしないと、明日の授業も中止になっちゃいますよ。……雄弁魔法、かけましょうか?」
「いや」
ジェラベルドは首を振った。
「自分の言葉で、話す」
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