過去・2 言い訳
言い訳・1
過去・2 言い訳
まったく気の進まない出会いだった。
八年前、ソフィシア・アルビアンとの出会いを、ジェラベルドはいまでもよく覚えている。平たく言えばお見合いである。
その年の春、シノは赤竜討伐団の団長に、ジェラベルドは副団長に任命されたばかりだった。着任早々、シノは次々に改革を進めた。弓矢で赤竜の気を引く戦法を考案して射手を増員し、ソーラスが設計した
シノが次に着手したのは、それまで近衛兵団や軍とほぼ同じ内容だった剣術訓練を、対赤竜戦に特化したものに改めることだった。重い
副団長になったジェラベルドがシノから命じられた最も重要な仕事は、「あるべき赤竜討伐団員の姿を体現すること」――黙々と訓練に取り組み、常に身綺麗にして礼儀正しく謙虚であること。要するに、これまで通り振舞うだけだった。ジェラベルドは、その体格を除けば、シノほど稀有な存在ではなかった。同じく貧しい生まれの団員たちにとって、努力次第で近づける手近な目標たり得たのである。
やがて「下賤の者の寄せ集め」でしかなかった団員たちが制服をきちんと着るようになると、サナティア市民の見る目も徐々に変わってきた。
赤竜討伐団が少しずつ良いほうへ変わっていく。いや、自分たちが変えているのだ。
父からお見合いの話を聞かされたのは、ちょうどそんな時期だった。
ジェラベルドは赤竜討伐団に入ってから十二年間、実家にはずっと仕送りを続けていたものの、もう二年以上顔を見せていなかった。最後に帰ったのは、末の妹メリーエレザが同郷の恋人と結婚したときだったか。たまには両親に王都の酒でも味わわせてやろうと、昇進の報告も兼ねて夏の初めに一日だけ帰ることにした。
早朝から昼過ぎまで、馬車にのんびり揺られてたどり着いたシヴァークは、麦の収穫を間近に控えていた。両親を手伝って野良仕事をしていた少年時代が懐かしく思い出される。薄曇りの空が惜しい。できることなら、雲一つない青空と黄金色の麦畑を見たかったのだが。
こんなに小さかったろうか――ジェラベルドは己の生家に帰り着いてそう感じた。
生家を狭く感じるのは、単にジェラベルドが天井に触れられるほどの長身を得たからではないだろう。いまや両親だけになった家は、まるで疲れ果てた老猫のように小さく身を縮めてうずくまっている。物心ついたときからあった古い煉瓦造りの壁や歪みかかった窓枠が、きょうだいたちが出し合った金で修繕されて何とか生きながらえているさまは、ジェラベルドを物悲しい気分にさせた。
年々小さくなっていくのは、家ばかりではなかった。
「なあジェラベルド、討伐団の仕事も調子がいいようだし、そろそろ身を固めてはどうかな」
夕食の席でのこと、昔と比べてめっきり痩せ衰えた父マーティレンが、唐突に見合い話を切り出してきた。
「……どうしたんだ、急に」
せっかく母フィオミラが作るソース煮の変わらぬ味を楽しんでいたところに、食欲が削がれる話題だ。これまで両親がジェラベルドに結婚を勧めてきたことなど一度もなかった。母は眉を下げて微笑むばかりで口を出さない。昔から無口な人ではあったが、どこか呆れているような、諦めているような表情だった。
「だって、お前ももう三十二だし、うちのきょうだいの中で独身なのもお前だけじゃないか」
「うちは貴族じゃなくて、ただの庶民だ。俺がいつ結婚しようがしまいが、自由だろう」
「まあそう言うな、ジェラベルド。実はお前に、良い話があるんだよ」
どうやらジェラベルドのあずかり知らぬところで、何もかもがお膳立てされているらしい。
女性の名は、ソフィシア・アルビアン。父によると、アルビアン家は少ないながらもサナティア東部に所領を持つ貴族で、その一人娘ソフィシアはジェラベルドよりも三つ年下の二十九歳。
父親からは「私の『恩人』の娘さんだ」と説明されたが、つまり貧乏だった頃に金を貸してくれていた貴族の娘だ。
ただし未婚の貴族令嬢にしては、少しばかり年が行き過ぎている。貴族の娘はだいたい二十歳まで、遅くても二十三、四歳で嫁に行く。かつてジェラベルドとシノの縁談が持ち上がったのも、シノが十九歳のときだ。
ジェラベルドにはおおよそ察しがついていた。かつて金を貸した相手の息子が赤竜討伐団で出世したのを聞きつけて、過去の恩を着せて何か訳ありの娘を押しつけようというのだろう。
率直に言って迷惑だった。これからシノと二人で赤竜討伐団を作り上げていこうというときなのに、お見合いなどしている場合ではない。
「若すぎる相手だとお前も苦労するだろうから、なるべく年の近い娘さんをと思ってな」
下手な言い訳でごまかそうとする老父が気の毒だった。あくまでも息子のために「良い話」を用意してやったのだと言い張り、父親の面目を保とうとしている。子どもの頃には気づかなかった親の虚勢が、いつの間にか透けて見えるようになっていた。
ジェラベルドはひとつため息をついてから、返事をした。
「……分かった。会うだけ会ってみよう。ただし一人で行く。父さんと母さんは来なくていい」
ヴェスティオでは、お見合いに男性側の両親が同伴すると、もう結婚を決めているという意味だ。
「すまんな」
父の口からぽろりと本音が出た。
この人の血を引いているのだから、自分も嘘が下手で当然だ。ジェラベルドも母と同じ表情を浮かべて、肩をすくめてみせた。
シノとの縁談を断ってから、すでに十年以上が経っていた。
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