刺青・2

「理論上は可能だけど、現実的には不可能だと思うなあ」

 シノが語った刺青の真偽について、とある魔法の専門家はこう見解を述べた。

「確かに、心臓の真上に直接魔法陣を彫れば、魔力によって絶えず身体能力を強化することはできるよ。でも魔力ごと彫り込むんだから、普通の刺青の比じゃないぐらい痛いと思う。痛すぎてショックで死んでもおかしくないくらいだ」

 専門家――ソーラス・ハーンはジェラベルドの親友で、若くして優れた魔道士だった。

 ソーラスは普段サナティア中心街の豪邸に住んでいる上流貴族だが、母方の実家があるシヴァーク地区によく遊びに来ていたのが縁で知り合った。昔から身分差など気にしない陽気な男で、ジェラベルドとも幼い頃から仲良くしてくれた。

 赤竜討伐団に合格した日、ジェラベルドはソーラスと城下で三年ぶりに再会した。ソーラスが入団祝いに一杯奢らせてくれと言ってくれたので、ありがたく好意に甘えることにした。

 ソーラスは骨つきの鶏肉にむしゃぶりつきながら自分の見解を話した。「銀の猟犬」という名の料理屋は、さすが食通のソーラス御用達ごようたしだけあって何から何まで豪勢な料理ばかりだ。その体型を見れば、彼が常日頃から贅沢な食生活を送っているのがありありと分かる。

「だいいち、嫁入り前の女の子が自分の身体にそんなことするとは思えないなあ」

「俺だってそう思う。だが……何というか、シノは違うんだ」

 ジェラベルドが相対あいたいしたシノは、少女というよりも剣士だった。男と渡り合う強さを得るためなら、シノは自ら身体に傷をつけるくらい何とも思わない気がした。「とんでもなく痛かった」という体験談も、ソーラスの見解と矛盾しない。そもそも、普通の嫁入り前の娘は赤竜討伐団なんか受けないだろう。

 シノの胸に刺青はあるのか。ないのか。ソーラスの意見を聞いても、ますます分からなくなっただけだった。

「まあ、どちらにしても、あいつの剣は本当にすごかった。並大抵の努力ではああはなれない。尊敬に値する」

 ソーラスがにやりと笑った。

「さてはジェラビー、そのシノちゃんって子に惚れたね?」

「なんで、そうなるんだ」

「さあ? 魔道士の勘かなあ。いまはそうでもなくても、きっと君はシノちゃんに惚れるよ」

 これはソーラスの口癖だ。しかもこの「魔道士の勘」は、厄介なことにたいてい当たる。

「……馬鹿を言うな。今日会ったばかりだぞ」

 そう口では言ったものの、ジェラベルドの胸の中で心臓がひときわ大きく鳴った。

「せっかく赤竜討伐団に合格したのに、色恋沙汰にうつつを抜かしている場合じゃない」

「いいじゃない、せっかく花のサナティア城下に出てきたんだからさあ。ジェラビーだってもう二十歳だもん、そろそろ浮いた話の一つや二つあってもいい歳だよ?」

「……何で、俺にいままで浮いた話がないと決めつけるんだ?」

 シノの話を終わらせるために、ジェラベルドはやむなくシヴァーク時代の経験を酒肴に供することにした。

「ええっ! あったの? 浮いた話が?」

 ソーラスがずいっとふくよかな顔を寄せてくる。

「……その話は、もう少し酔いが回ってからだ」

「よぉし来た! すみませーん、僕の友達にじゃんじゃん酒を持ってきてくださーい!」

 ジェラベルドは親友に十八の頃の経験を聞かせてやった。近所に住む同年代の娘と恋に落ち、興味に負けて身体を交わしたものの、結局ひと月と経たないうちに別れたというごくありふれた話だ。

 普段なら、ジェラベルドは自分からこんな話をするような男ではなかった。

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