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 小さな少女は、グレッシオに目を向けられ、びくりと体を震わせる。そしてマドロラの後ろへと隠れてしまう。

 グレッシオは自分の顔が怖かっただろうかと少しだけショックを受ける。




「グレは怖くありませんよ。怯えてはいけません」



 マドロラは、後ろに隠れた少女にそのように声をかけた。



 そして次にグレッシオたちの事を見据えて説明をし始める。




「グレ、この少女は裏路地で倒れていました。食べるものがなく倒れていたこの子は私のスカートの裾を掴み、私と一緒に行きたいといったのです。私の何に惹かれたのかはわかりません。ですが、我が国はただでさえ人が足りません。このような少女であろうとも連れて帰ることに意味があるのではないかと思います」



 マドロラの言葉にグレッシオは確かにと頷く。



 ニガレーダ王国には人手が足りない。この少女が望むのならばニガレーダ王国に連れて帰るというのもありであろう。

 しかしグレッシオは懸念する。








「その少女は俺たちの行き先を知っているのか」

「軽くは説明しました。それでも私と一緒に行きたいと言ったのです」




 どこに帰るのか、というのはきちんと説明しているらしい。だというのに、少女はマドロラについていきたいと望んでいるようだ。




 マドロラたちの帰る場所がニガレーダ王国というこのウキヤの街よりもずっと寂れている場所だと知っていてもそんな風に望むのには何か理由があるのではないかとグレッシオは考える。





「なあ、君」




 グレッシオはマドロラの後ろに隠れたままの少女に声をかける。

 少女はマドロラの後ろでびくりと身体を震わせ、グレッシオのことを見た。その目には警戒心が見て取れる。




 そもそもなぜ、マドロラにだけそのように懐いているのかという点もグレッシオにはよく分からない。






「君はどうしてそんなにマドロラについていきたいんだ?」

「……お姉ちゃんに似ているから」




 少女はグレッシオの言葉に恐る恐ると言った風に答えた。

 その理由まではマドロラも聞いていなかったのであろう。少しだけ驚いた表情を浮かべる。




「私があなたの姉に似ているですか……。似ているという私の傍にではなく、そのお姉さんの傍に居たらよいのではないでしょうか」

「お姉ちゃんは死んじゃった。少し前に……、殺されちゃった」



 少女の口からそんな言葉が漏れて、グレッシオたちは返答に困ってしまう。



 明らかに家を持たないといった小汚い恰好をした少女。姉が殺され、独りぼっちで彷徨っていたであろう少女。

 行く当てもない。だからこそ、姉に似ているというマドロラに縋ってしまいそうになっている少女。




「お名前は?」

「……キャリー」

「キャリー、本当にいいのか。俺達についてくるということは、此処よりももっと大変な目に遭う可能性もあるぞ。ついてくる分には全く構わない。うちは人手不足だからな」



 人手不足だからニガレーダ王国に人が増えることに対しては、問題はない。国に入り込むものが諜報員などであれば問題だが、そもそもニガレーダ王国のような小国に諜報員など紛れ込ませようとするものがまずいない。

 こんな小さな少女が諜報員であるとは思えないし、ただの少女にしか見えないので、グレッシオたち側では何の問題もない。


 ただ、本当についてきたいと望んでいるのか、というその問題はある。



 ニガレーダ王国は、いうなれば沈みかけの船だ。沈まないようにはなんとかやっていこうとはしているが、いつ沈んでしまってもおかしくはない。その沈みかけの船にまだ小さな少女を連れて帰っていいのだろうか。グレッシオたちが考えているのはそういうことである。






「良い。私は、お姉ちゃんに似た、マドロラ姉ちゃんと一緒に居たい。それに……この街は私にとって優しいわけではないから」



 この街は自分には優しくないとキャリーはそのように告げる。

 その茶色の瞳は、この街に対する好感情など全くないと言わんばかりに冷たい表情を浮かべている。



 このウキヤの街は、確かに問題もいくつかみられるが全体的に言えば当たり障りのない普通の街である。裏通りでは非正規の奴隷商などがのさばっているのは確かだが、暗黒街と言われるほどに酷い有様なわけではない。

 グレッシオたちの認識としてみれば、孤児や浮浪児であろうともなんとか生きていけるだけの普通の街だという認識だった。



 しかしそういう普通の街でも、キャリーにとってみればこの街にずっと居たくないという理由があるのだろう。




「そうか。なら共に行こうか」

「……うん」



 キャリーはマドロラの後ろに隠れたまま、グレッシオの言葉に頷いた。



 こうしてマドロラが亡くなった自分の姉に似ているといって話しかけてきたのも何かの縁である。

 出会ったということはそれだけで奇跡であり、それだけで意味がある。

 グレッシオはそう思っているので、これも何かの縁だからキャリーを連れて帰ろうと思ったのだ。





「なぁ、キャリー。キャリーはずっとここで生きてきたのか?」

「……うん」

「じゃあ、この街には詳しいのか?」

「……それなりに」

「俺達はこの街で探し物をしているんだ。何か知っているなら教えてもらえないか?」




 そしてこのキャリーという少女のついて行きたいという願いを叶えるのには打算的な面もある。それはこの街をよく知る少女の話を聞いて、目的のものを手に入れようというそんな思いからの言葉だった。




 


 

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