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「では、またいずれ会う日まで」



 ウキヤの街に到着すると、リージッタはそう告げてにこやかに笑い、そのまま去っていった。




「嵐のような方ですね」

「……そうだな」

「あの方はあのようにいっていましたが、本当に見逃してもらえるかはわかりません。すぐに帰りましょう」

「ああ」





 マドロラの言葉にグレッシオは頷く。




 リージッタは見逃してくれると言っていたが、それをこのスイゴー王国自体が守ってくれるとは限らない。

 その言葉に嘘がないようには感じられたが、だからといって完全に信じ切るというのは無理な話である。



 そんなわけでウキヤの街に辿り着いてすぐにグレッシオたちは国境を超える準備を行った。



 キャリー、カロッル、ヨッドは、そこまで急いで移動しなければいけないのかと驚いていたわけだが、彼らにグレッシオたちの決定を覆す力はない。


 キャリーには他国に行くということは説明されているものの、奴隷であるカロッルとヨッドにはそれらの話はされていない。なんせ、すぐにニガレーダ王国に戻る必要があるのだ。

 そう言う説明はニガレーダ王国に辿り着いてからで構わないだろうとグレッシオたちは思っている。




「それにしてもジョエロワは本当に彼女に気に入られたみたいだな。どうだった、彼女は」

「女の身で恐ろしいぐらいに強い方だ。それでいて俺とやりあっている時に完全に本気を出しているわけでもない」



 馬車の中でグレッシオの問いかけにジョエロワはそう答える。リージッタは、ニガレーダ王国の騎士であるジョエロワ相手でも本気を出していなかったらしい。


 底が知れない恐ろしい女性である。



 魔法を使い、剣の腕もある。——でもあれだけの強さを持ち合わせているのならば、それだけではないだろうとグレッシオは思う。

 もしかしたらニガレーダ王国にいた聖女さまと同様に神から寵愛を受けているような力を持ち合わせているのかもしれない。




 ――この世界には時折、そういう英雄と呼べるような才能を持ち合わせた存在が現れるのである。



 ニガレーダ王国に存在していた聖女さま、ジョセット・F・サードはまさしくそういう存在だった。



 リージッタ・スイゴーとは、またいずれどこかで会うことになるだろう。

 グレッシオたちはそんな予感を持っていた。







 グレッシオたちの馬車は、国境に最も近い村に辿り着く。そこで食事を取り、空腹を満たした後は国境を超えるために歩くことになる。






「ここから歩くですか……、というより貴方達はこの国の者ではなかったのですね。私は何処まで連れて行かれるのでしょうか」

「お、俺をどうする気なんだ……」



 国境を超えるまで歩くと聞いたカロッルとヨッドはそれはもう顔色を青くした。

 彼らからしてみれば、奴隷として買われ、見知らぬ土地に連れて行かれようとしているのだから、その不安も仕方がないことなのかもしれない。



 ヨッドに至っては混乱しすぎて、奴隷として主人には聞いてはいけないような口調になってしまっている。

 ヨッドもグレッシオよりも年下でこういう状況で余裕がないのかもしれなかった。




「ご安心下さい。悪い扱いにはしません。しかし、それらの説明に関しては国境を越えてからにしましょう。いいですね?」

「はい」

「……はい」



 どちらにしても、マドロラとヨッドは今はグレッシオの奴隷である。それ以外の何でもない。


 グレッシオたちに逆らうことが出来ないように誓約魔法で縛られているのだ。なので彼らは頷く事しか出来ない。



 ただキャリーだけは、「マドロラお姉ちゃんと一緒ならどこでもいい」と無邪気ににこやかに笑っていた。



 グレッシオ、ジョエロワ、クシミール、マドロラはただ黙々と特に会話もせずに歩き続けている。

 国境を超えるために歩くのは結構体力を使うことである。

 その過程というのは、あまり長距離を歩いたことのない者にとっては辛いことである。






「マドロラお姉ちゃん、足が痛い」



 最初は元気に歩いていたキャリーが真っ先に音を上げた。まだ子供であるキャリーには、整備されていない道なき道を歩くのは辛いものであるらしい。



 マドロラはその言葉を聞いて、「クシミール」と声をかける。クシミールは心得たとばかりに、背を向けてかがみこむ。



「乗れ」

「え?」

「足痛いんだろ。おぶってやるから」



 クシミールにそう言われて、キャリーは恐る恐るその背中に手を伸ばした。




 その様子を見ていたマドロラは、次にカロッルとヨッドに視線を向ける。



「キャリーは子供なので仕方ないとしても貴方達にはちゃんと自分の足で歩いていただきますからね。国境を越えた後は馬車の手配をしてあるので、そこまではどうにか歩いてください」

「はい。頑張ります」

「……はい」


 小さな少女であるキャリーはともかく、流石にカロッルとヨッドを運ぶような余裕は少人数で此処に来ているグレッシオたちにはないのだ。

 カロッルやヨッドは、足の痛みを感じながらもなんとか置いて行かれないように歩くのだった。



 そして妨害が起こることもなく、彼らはスイゴー王国とニガレーダ王国の国境を越えた。



 ニガレーダ王国に辿り着くと、すぐにグレッシオたちは近隣の村へと向かう。そこに既に馬車を手配しているのだ。



 その村まで急いで歩き、馬車に乗り込むとようやくグレッシオたちは気を抜くことが出来た。




「キャリー、カロッル、ヨッド。

 では、改めて自己紹介をしよう。俺はこのニガレーダ王国の王太子、グレッシオ・ニガレーダだ」





 ――そしてその馬車の中で、グレッシオがようやく自己紹介をして、三人は度肝を抜かれることになるのであった。



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