.32
「ただいまー!!」
グレッシオたちがニガレーダ王国に辿り着き、王宮へと向かっている頃、スイゴー王国の第五王女であるリージッタ・スイゴーはスイゴー王国の王宮へと帰ってきていた。
リージッタは王宮の隠し通路から王宮の中へと入る。そして本宮の方へと向かい、大きな声を出す。
「リージッタ様!! ようやくかえってきたのですか!!」
「全く……またこんなに長く王宮を開けて、貴方は何をしておられるのですか!!」
リージッタ・スイゴーが自由奔放に生きているのは、昔から王宮に務めているものたちにとっては公然の秘密である。
この王女様、昔から大人しくしているというのが出来ない存在なのだ。
まったくもって王族とは全く見えないような街娘の恰好で戻ってきたリージッタは、王宮勤めの侍女達に捕まることになった。
「リージッタ様、何ですか、この傷は!!」
「治癒師を呼びなさい!!」
さて、王宮の侍女の手によって街娘の恰好から美しいドレスへと着替えさせられようとしていたわけだが、そこでリージッタはジョエロワとの戦いでつけられた怪我を侍女たちに見とがめられてしまった。
「全く……王族なのに勝手に外に出て勝手に怪我をして帰ってくるなんて……。リージッタ様、貴方が強いことは承知の上です。だけれども、貴方様が亡くなるなんて真似になったら国王陛下を含め私どももとても悲しいのですよ。もっと怪我なんてなさらないようにしてください!!」
そう言ってリージッタを叱るのは、子供の頃からリージッタの面倒を見てきていた侍女である。リージッタの乳母もしていた女性で、名をニミという。
「ごめんね。心配をかけて。でも大丈夫よ。私はそう簡単に死んだりしないわ。それにこの傷は私が楽しい遊びをして負ったものよ」
「また何かに首を突っ込んできたのですか!! もっと御身を大切にしてくださいとどれだけいったら!! ウキヤの街の話も聞いているんですよ!!」
「ふふ、そんなに怒らないで。ニミ。ちゃんとお父様の役に立つような情報も沢山集めてきたんだから」
リージッタが外を自由に動き回ることを許可されているのは、それがこの国のために役に立っているからというのも一つの理由である。リージッタが王女としてではなく、ただの国民の一人として色んな場所を見て回り、それが陛下の耳に入り、国内がよくなっているという実例もあるのである。
――そもそも、リージッタは許可を出さなければ勝手に王宮を抜け出すぐらいの真似は行うということを彼らは理解している。リージッタという少女が本気を出してこの王宮から出ようとすれば、それを止めることは難しいのである。
そんなわけでスイゴー王国の王は、リージッタを王宮に留めておくことを諦めていた。
第五王女という比較的自由な立場であるリージッタのことは、普通の王女としてではなく、国内をよくするための手駒として育てた方が良いと決断したわけである。
ただ手駒にする方が良いと考えていると聞くと親子の愛情がないように感じられるかもしれないが、スイゴー王国の王がリージッタに親子の愛情を抱いていないというわけではない。
十人もの子供がいるスイゴー王国の王だが、それぞれの子供に少なからずの愛情を抱いている。
王族ともなれば、親子の愛情などない親子関係も多いものなので、接する時間が少ないとはいえ、そういう愛情を感じさせてくれる父のことをリージッタは嫌いではない。
「また派手にやりましたね……」
「ふふ、いつもありがとう。治してくれて」
リージッタの元へ訪れた聖魔法の使い手は、この王宮で雇われている存在である。
昔からリージッタが好き勝手行い、怪我をしてくると治癒してくれる心優しいおじいちゃんである。
治癒師の手により怪我が治されると、リージッタは侍女たちに連れられ、体を洗われることになる。
衣服をはがれ、風呂へと連れて行かれる。
王族として生まれているリージッタは、侍女たちに裸を見られることを全く気にしない。王侯貴族とは、基本的に一人で水浴びなどしないものである。
魔法をほどこされ、すっかり傷もなくなった身体。侍女たちは、リージッタの美しい身体に見惚れながらもその身体を洗う。
リージッタ・スイゴーは黙っていれば、美しい。着飾れば深窓の令嬢に見える。だからこそ、侍女たちはリージッタがもっと大人しく、ただの王女様として過ごしてくれればいいのになどと思ってならない。
とはいえ、そんな何処にでもいる王女様は、彼女たちの知るリージッタ・スイゴーではないので、もうリージッタをどこにでもいる王女様にするのは諦めているが。
リージッタは侍女たちに身体を洗われながらも、この国で遭遇したグレッシオたちの事を考える。
――沈みかけの船。
そう言えるほどに傾きかけている、小さくなってしまった王国。
昔は大国として名を馳せ、聖女さまが居るのにふさわしい国と言われていた場所。
その沈みかけの船の王太子。その沈みかけの船を、後々操縦しなければならない存在。
もっと心が歪んでいても、その立場から逃げ出してもおかしくないのに、ニガレーダ王国のためにグレッシオは行動していた。
周辺国たちの見解としてみれば、ニガレーダ王国はそのうち滅亡するだろうと囁かれている。
だけどグレッシオもその周りの者たちも――、ニガレーダ王国を滅亡させない道を探している。そのためにわざわざ危険を犯して隣国までやってきていた。
それがリージッタ・スイゴーにとっては面白くて仕方がなかった。
元々ニガレーダ王国には興味を抱いていた。
聖女さまが存在していて、大国なった国。だけど、聖女さまが没して、弱小国へと陥った国。
たった一人の存在があるかないかでこれだけ国の運命が変わるなんてリージッタからしてみれば愉快なことである。
ジョエロワとの戦いも、リージッタにとっては楽しいものだった。
リージッタは剣の腕が立つ。魔法が使える。そこら辺の騎士に負けないぐらいの強さを保持している。だけど、リージッタは幾らそうは見えないとはいえ、王族という尊き血を持っている。だからこそリージッタが王族と知った上で、あれだけ本気で切りかかってくるものなどそうそういないのだ。
ジョエロワにとってみれば、必要であれば王族であろうとも、誰であろうとも切り捨てるという覚悟があるのだろう。
リージッタは、戦うことが好きである。
本気でこちらに向かってきて、リージッタが本気を出していないとはいえ、楽しく遊べた相手。
そんな相手が自分の傍にいたらどんなに楽しいだろうか――そう考えてリージッタは半分本気でジョエロワを欲しいなどと口にしたわけだが、それは予想通りばっさりと断られてしまった。
――あの王太子とその周りの存在は面白い。ニガレーダ王国も面白い。
今は沈みかけの船でも、その船が持ち直すというならば――。
リージッタはそれを考える。沈みかけの、いつ壊れてもおかしくない船。それが持ち直す時のことを考え、舌なめずりをする。
その表情が恐ろしかったのか、ドレスを着せている侍女の一人が「ひっ」と声をあげた。
「あらあら、ごめんなさい。怖がらせちゃったわね?」
「リージッタ様、何を企んでおりますか?」
「ニミっては企んでいるなんて酷いわ。ちょっと、お父様の所に行きたいの。先ぶれを出してくれる?」
そんなことを言いながら、にこやかに笑うリージッタはニミの目からしてみれば何か企んでいるようにしか思えなかった。
またろくでもないことを考えている――、そんな予感を感じながらもニミは陛下への先ぶれを出すのであった。
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