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「おかえりなさいませ。グレッシオ様」

「御身が無事で私は安心いたしました」



 グレッシオたちが王宮に戻ると、王宮の人々がグレッシオたちの事を迎え入れてくれた。



 グレッシオもようやくニガレーダ王国の王宮に戻ってこれたので、ほっとした様子を浮かべている。




「グレッシオ様、奴隷を購入することが出来たのですね。全員治癒師でしょうか?」

「いや、一人は違うな。こっちはマドロラに懐いてついてくることを望んだから連れてきた。残り二人は購入した奴隷で、治癒師だ。一人は聖魔法の使い手だぞ」



 グレッシオの言葉に、周りは聖魔法の使い手!? と驚いた様子で、ヨッドのことを見る。視線を浴びたヨッドはぎょっとしたような表情をして、近くにいたカロッルの後ろに隠れた。




 子供であるキャリーはともかく、カロッルとヨッドはグレッシオが王太子という立場であることを知って、何が何だか分からないといった状況であった。小国とはいえ、王族に奴隷として買われるなどとは二人とも思っていなかったのだ。

 王太子相手に不敬な物言いをしてしまったというのも自覚しているため、不敬罪に問われてしまうのではないかという不安もあるようだ。



 またニガレーダ王国は、今は周辺故国にとって滅亡寸前と思われている国である。



 カロッルもヨッドも繁栄していた頃のニガレーダ王国を知らない。カロッルはまだ二十代で、ヨッドはまだ十代である。寂れているニガレーダ王国しか彼らは知らない。

 スイゴー王国内では、ニガレーダ王国の悪評などが広まっているわけでは決してないが、ニガレーダ王国の西の隣国はニガレーダ王国の悪評を広めている。


 ――ニガレーダ王国を飲み込もうと、つぶしてしまおうとしてだ。



 その悪評をカロッルは聞いたことがある。




 聖女さまを蔑ろにしていた国。聖女さまの加護がなくなり神から皆は去れた国。

 ――聖女さまがこの国で幸せであったかどうかというのは本人しか分からないことだろう。この国を捨てた先代王家は、自分が国を捨てた事を正当化しようとしていたのだ。

 だからこそ、今のニガレーダ王国のことを良くは語らない。サーレイ教は先代王家を擁立している。



 だからこそ、今のニガレーダ王国の他国からの評価というのは低いものである。



 そんな評判が良くないニガレーダ王国に連れてこられてしまったためカロッルの不安は大きい。



 しかしカロッルの不安をよそに、彼らは王宮の一室に案内されることになる。しかも三人纏めて一室に押しとどめられるのかと思っていたのだが、そういうこともなかった。

 カロッルたちは驚く事に、一人一室与えられた。しかも王宮につかえているらしい侍女がついている。




 カロッルはよく分からなかった。カロッルは自分が買われた奴隷だと自覚している。まだ年若い女性が奴隷として買われれば、性のはけ口にされることも多い。そういう扱いをされることも覚悟していた。

 また、グレッシオたちが治癒師を求めていることも分かっていたので、目的地に辿り着いたら治癒師として使いつぶされるのだろうかというのも考えていた。



 でも、想像とは違う扱いをされていた。



「カロッルさん、移動でお疲れでしょう? 良く休んでくださいね。今日はお休みください。何かあったら誰かに言ってくださいね」



 侍女はまるでお客さん相手にするように、カロッルに笑いかけるのである。カロッルからしてみれば、その扱いからしてよく分からなかった。


 カロッルはあくまで奴隷として買われた。主人と奴隷という立場なのだから、グレッシオがどれだけ理不尽な命令をしようとも誰も文句を言われない立場である。だというのに、グレッシオはそういう命令をする気はないようだ。



 それどころかグレッシオたちも隣国から戻ってきたばかりで疲労しているのか、休んでいるんだそうだ。



 カロッルはこれからこの先がどうなるのだろうかという不安もあるが、カロッルも疲れ切っていたため、そのまま眠るのだった。










 翌日になってもカロッルの混乱は続く。

 キャリー、カロッル、ヨッドの三人が集められ、食事を取らされる。その食事も奴隷に与えるものにしては、豪華だった。



 その事実がカロッルとヨッドを困惑させる。ちなみにキャリーに関しては、「美味しそう」などと口にして、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 子供というのは無邪気なものである。





 流石に王太子であるグレッシオたちと同席して食事を取ることはないが、それにしても本当に客人をおもてなしするようにカロッルたちは対応されている。




「えっとあの……」

「どうかなさいましたか。ヨッドさん」

「お、俺は奴隷ですよ。この扱いは何なのでしょうか」




 そう言って恐る恐るといったように声をあげたのは、ヨッドである。闇オークションで購入された奴隷であるヨッドは、カロッル同様にこの状況というのに困惑していた。


 詳しい説明は王宮に辿り着いてからと言われていたものの、まだ説明は何も受けていない。



 不安そうな様子を向けているヨッドに、問いかけられた侍女はにっこりと笑って告げた。





「グレッシオ殿下は、ヨッドさんの事を悪い扱いをするつもりはありません。それどころか私どもも貴方がこの国に来てくださっていることがとても嬉しくて、歓迎の気持ちしかございませんよ。

 私たちは聖魔法の使い手をずっと求めていました」



 その侍女がにっこりと微笑み、そう告げる。そしてカロッルにも視線を向けて告げる。




「カロッルさんも、治癒師なのでしょう。治癒師であるというだけでも我が国にはありがたいです。詳しい説明はグレッシオ殿下から言われると思いますが、我々一同は貴方達がこの国に奴隷という形でも赴いてくれたことが嬉しいのですよ。

 奴隷として買われたかもしれませんが――、貴方達にこの国を好きになってもらえた方が私たちは嬉しいのですよ」



 カロッルやヨッドは、ニガレーダ王国の事は噂でしか知らない。ニガレーダ王国の実情は知らない。だけど、この国の人々はカロッルとヨッドという存在がこのニガレーダ王国にどういう形であれ足を踏み入れた事がうれしくて仕方がないようである。



 そう言ってもらえて、嬉しくないわけではない。だけどやっぱり戸惑いが大きいのは、非正規の奴隷商と闇オークションから買われた奴隷であるからだろうか。



 そんな場所でこのように自分にとって都合が良い話があるのだろうかと疑うんも当然である。



「私は……?」

「もちろん、キャリーさんのことも歓迎していますよ。我が国の国民が増えることは良いことです」



 キャリーが不安そうにしていれば、侍女はそう言ってにこやかに微笑むのだった。



 それから朝食を食べた後、カロッルとヨッドはグレッシオから呼び出しを受けるのだった。



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