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グレッシオ・ニガレーダは、ニガレーダ王国の王宮の一角に存在している聖堂にやってきていた。
王城の中心部にその聖堂は存在している。高い天井とパイプオルガンの置かれている大きな聖堂。——ここは、聖女さま、ジョセット・F・サードのためだけに作られた聖堂である。
ニガレーダ王国は聖女さまが現れるまでの間は、そこまで信仰深い国ではなかった。だけどこの国は、聖女さまを迎えるにあたって、信仰が深く政治に結び付いた。とはいえ、またこの国は政治から離れてしまっているが……。
「――グレッシオ様、こちらにいらしていたのですね」
「マドロラか」
聖堂に足を踏み入れたグレッシオ。その元を訪れたのは、侍女であるマドロラである。
グレッシオは聖堂のメインステージに立っている。そしてその美しい聖堂を見ていた。
その聖堂はニガレーダ王国の王宮の中でも常に綺麗に整備されている。それは信仰が薄れているとはいえ、聖女さまがこの国にとってそれだけ特別だからと言えるだろう。
神への信仰は薄れても、聖女さまへの感謝の心は薄れていない。
「なぁ、マドロラは……この国に聖魔法の使い手が居ないのは、どうしてだと思う?」
「そうですねぇ……。グレッシオ様の言っていたように聖女さまが長い間、この地に留まり、この地に影響を与えていたからだとは思いますよ。だけど――実際の所はわかりませんね」
何故、この国に聖魔法の使い手がいないのか。つい先ほどグレッシオはカロッルとヨッドの前でその理由を推測として語った。でもそれは結局のところ、推測でしかなく、実際はどうであるかというのは分からない。
グレッシオは、神への信仰はない。聖女に対する信仰もない。だけど、聖女さまという特別な存在に対する関心はこのニガレーダ王国の王太子として持っている。だからこそ、この場所に時折グレッシオは訪れる。
グレッシオの問いかけに答えるマドロラは淡々としている。
「聖魔法を使えるかどうかというのは、血筋によると言われています。一この世に聖魔法の使い手が現れたのは、一千年ほど前だと言われています。その当時は、聖魔法の使い手は今のように存在しなかった。けれど、それからこれだけの時間が経過し、聖魔法の使い手は増えていました。それがこれだけ誰も現れないというのはやはり不自然だとは思いますけど」
「そこに聖女さまの意図があったのか、それともただの偶然なのか」
「偶然にしては不自然すぎますよね」
――これだけ聖魔法の使い手が現れなくなってしまったこと。それは偶然と呼ぶには不自然すぎた。
だからこそ、グレッシオは聖女さまの呪いなどとそんなことを思っている。
聖堂の正面に飾られている聖女さま像――、あまりにも重量があり、流石にこの場所から像を運び出すというのは亡命の道を王侯貴族たちも運び出すことは出来なかったのだ。
その聖女さま像を、グレッシオは見据える。
聖女さまはとても美しい女性であったらしい。それでいて聖魔法の圧倒的な才能を持ち合わせていた。聖女さまという存在をグレッシオを含む若い世代は実際に見たことはない。
それどころが、聖女さまの血筋だという今は隣国に亡命してしまった先代王家のことも知らない。
それでも聖女さまという存在はニガレーダ王国にとって、特別な存在である。
近くて遠い――それが聖女さまという存在である。
「だよなぁ。やっぱり聖女さまのせいだと思うんだよな。この国に聖魔法の使い手がいないのは。それが聖女さまが意図して行ったことか、それとも偶発的なものかは定かではないとしても、少なくとも聖女さまがいたから今のニガレーダ王国がある」
聖女さまがいたからこそ、この国の今がある。それは事実である。聖女さまという存在が居なければ、この国の”今”は存在しない。
偉大なる聖女。
この世界で最も有名な聖職者と言える存在。
その聖女さまの影響というのは、良くも悪くも大きい。
聖女さまが行った事は、どんな些細な事でも大きな出来事として広まっていく――。
その影響力を聖女さま自身が自覚していたのか。いないのか。そして何故ニガレーダ王国という地に彼女が嫁ぐことになったのか。
グレッシオはそのことも詳しくは知らない。聖女さまに関する詳しい記述の書かれたおは多くを先代王家が持っていってしまったのである。
聖女さまの日記などもあったらしいが、それらもすべてこの場所にはない。
聖女さまの残したものというのはそれだけ先代王家やサーレイ教にとって特別なものであったと思う。
それらの資料がもしこの地にあれば、もっと聖女さまという存在について知ることが出来ただろう。そしてそうすれば、このニガレーダ王国をどのように動かしていけば良いのか。
この地に聖魔法の使い手が居ない理由も――、それももしかしたらわかったかもしれない。
この地は隣国に狙われている。その隣国に聖女さまに関する資料は渡っている。
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