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カロッルとヨッドはグレッシオの言葉に思案する。
それと同時に納得もしていた。グレッシオたちの態度は最初から奴隷に対するようなものではなかった。
この王宮でお客様のようにもてなされることも、それだけこの国が治癒師というのを求めていたからだろうと想像が容易かった。
――カロッルは考える。
あのまま非正規の奴隷商の元で、グレッシオに買われないままに誰かに買われていたのならば、このように平和に過ごせて行けるという予感は感じられなかっただろう。
元々カロッルは、治癒師として名を馳せていきたいと考えていた。貴族の不興を買ってしまい、それも敵わない夢になってしまった。けれど、此処でなら思う存分に治癒師としえ行動が出来るかもしれない。
そう考えればカロッルには断る理由も何もない。
「かしこまりました。私はこの国のために力を尽くしましょう」
カロッルは心を決めた。ここでグレッシオに逆らって、この国での立場が悪くなるよりも、この国で名を馳せるように努力したほうがいいと考えたからだ。
その隣でヨッドは、悩んでいる。
彼にとってみれば、聖魔法の使い手である自分だけを求めて、購入した存在というのが奴隷である。
自分が仕えていた神官に性的な目で襲われて、奴隷に落とされた。
元々高名な神官であると言われていたあの神官は、決して周りが思っているような存在ではなかった。
あの神官に仕える前は、ヨッドはあの神官の事を尊敬していた。だけど、中身はああいうクズだったので、その年にしてはヨッドは色々と精神的に疲弊していたと言える。
ヨッドは闇オークションに出品されることになって、これからどんな目に遭うのだろうかと不安だった。
グレッシオに買われて、この国にやってきて、悪いようにはしないと言われても警戒心と不安が残るものだ。
だけれども、例え警戒心と不安があろうとも、この状況でどうにか出来るだけの力はヨッドにはない。
「……出来る限りのことはやります」
だから結局の所、ヨッドもそうとしか言いようがない。
グレッシオは二人の答えに笑うのだった。
「それは良かった。了承してくれて助かる。無理はさせるつもりはないが、
この国の治癒を必要としているものを見てもらう」
グレッシオはそう告げる。
この国で治癒師を必要としているものはいる。そのものたちに治癒を施してほしいとグレッシオは望んでいる。
――ようやく治癒師をこの地に呼ぶ事が出来たのだと、それはグレッシオにとって安堵するのに十分なことだった。
「グレッシオ殿下――、一つお聞きしてもいいですか」
「ああ。なんだ?」
カロッルは一つ、気になることがあるといった様子で、グレッシオに話しかける。
グレッシオとマドロラは、二人にこの国でやってほしいことを説明するだけでひとまず今日の話は終える予定だった。
カロッルとヨッドには、これからこの国の事を学んでもらいながら、国内を治癒師として巡ってもらもうと考えている。
そのことに関しても先ほどカロッルとヨッドに軽く説明をしている。無理のない範囲で、有償で治癒師として活躍してほしいとそうグレッシオは考えているのだ。
「この国に治癒師がいないというのは本当なのですか? 聖魔法の使い手は少なからず確率は低いですけど、国内に一人もいないというのはあまり考えられません。本当にこの国には聖魔法の使い手というのが存在しないのでしょうか……?」
存在しないと思っているだけで、実は存在しているのではないか――、カロッルはそんな風に考えてしまう。それだけ聖魔法の使い手は、少ないとはいえ、存在しないわけはないのではないかとそんな風にカロッルは思ったのだ。
この国の奴隷として、この国のために働くと決めたのならばいるのならば聖魔法の使い手というのを探したいと思っているのだ。
「父上はこの国の国民たちの適性を検査するようにしている。それは父上がこの国を治めるようになって、人手が足りないからとはじめられた試みで、この国ではその試みが今も続けられている。
それはこの国の人口は、昔よりずっと少ないからこそ出来たことであると言える。こういう試みをしていたとしても、見落としというものはあるかもしれない。けれど、この国の多くの人々の適性を検査して――、ただの一人も聖魔法の使い手というものが存在しなかった。
「まるで聖女さまの呪いのように、調べたすべての国民が聖魔法を持たなかった。他国では聖魔法の使い手が少ないとはいえいるのに、この国には現れない。——聖女さまに俺は会ったことはない。だけど、聖女さまが居なくなって、聖女さまのせいで形を崩していくこの国を見ていると、聖女さまが本当に噂通り素晴らしい方であるかというのは俺は分からない」
――聖女さまがこの国で偉業をなし、聖女さまの活躍により、治癒師はこの国からいなくなった。
そして聖女さまが没した今、この国には聖魔法の使い手が現れない。
「……そうですか」
カロッルはグレッシオの言葉をかみしめながら、ただそう答えるだけだった。
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