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「聖女さまの資料がニガレーダ王国に残っていないというのも不思議な話ですよね」
「そうだな。父上も探したが、聖女さまに纏わるものはあまり残っていないと聞くからな。でも何処かにきっとあるはずなんだよな」
「ですね……。陛下も聖女さまの情報は集めてはいますけれど、明確な情報は集まっていませんから」
ニガレーダ王国の王も、聖女さまの情報は必要だと考え、情報収集を続けていた。
とはいえ、カシオはこのニガレーダ王国をたてなおすことに必死で、国内の聖女さまの遺物を探すことも難しかった。
――カシオにとっては、聖女さまの情報を集めるよりもこの国を立て直すことの方を重視していた。
そしてカシオが努力した結果である。
そのカシオの努力をグレッシオは尊敬している。
「――この国のためにも聖女さまの情報というのは必要だ」
「ですね。なんとかそちらにも人を割きましょう。聖魔法の使い手に関してはどうしますか。今回、一人は奴隷として購入することは出来ましたが……」
「そうだな。もっと人数が居た方がいいが、そのあたりは手に入れるのは難しい。多くの聖魔法の使い手を求めて行動をして、ヨッドのケアをおろそかにはしない方がいい」
この国には聖魔法の使い手というのが存在しない。ようやくこの国に足を踏み入れることになった。
多くの聖魔法の使い手がこの国に存在していればいいと当たり前のようにグレッシオは思っている。——だけど、それを望んだとしても聖魔法の使い手を簡単に増やせるわけではない。
もっと簡単な話であるのならば良かったのだが、そんな簡単なものではない。
だからこそ、まずはなんとか購入することが出来た聖魔法の使い手がこの国のために尽くそうと思うように――少なからずこの国を見捨てないようにしようと思えるぐらいの愛着を持つように。——そんな風にする必要がある。
「この国に聖魔法の使い手が現れない理由も、この国に聖魔法の使い手がやってこない理由も――それもヨッドを見ていれば分かるかもしれない」
「そうですね。ヨッドを観察することでそれらの情報も手に入るでしょう」
グレッシオたちは、聖堂の中でただそんな会話を交わしている。
彼らはヨッドという性魔法の使い手が手に入ったことを心から喜んでいる。それは聖魔法の使い手がこの地で聖魔法を使うことによって、何かが和亜kるかもしれないという期待もあるからだ。
もちろん、一番の理由はこの国の死者数を減らすためであるが、それだけが理由ではない。
「聖魔法――、サーレイ教にとって特別な意味を持つ魔法。サーレイ教は聖女さまが没してこの国から治癒師が居なくなったのを、ニガレーダ王国への神罰だなどと言っている。サーレイ教は落ち目のこの国を見限って、隣国に引き上げた。そして隣国の思惑に乗って、この国をつぶそうとしている。それも聖女さまがいたからだろうな」
「はい。聖女さまがいて、これだけ目立たなければサーレイ教は此処まで反応を示さなかったでしょう」
聖女さまが居たからこそ、サーレイ教はこの国の事を贔屓していたと言える。今では考えられないことだが、ニガレーダ王国には数えきれないほどの教会が存在し、サーレイ教の者達が沢山いた。
それがここまで宗教とはかかわりがなくなるぐらいにこの土地がなったのは、サーレイ教がこのニガレーダ王国から撤退していったからだ。
サーレイ教が例えばこの国に残ったら、聖女さまの子孫がこの地をおさめる決意をしたら――また違ったのかもしれない。
グレッシオは当時、生まれていないというのもありその当時の様子を知らないが、聖女さまに関しては疑問に残ることが多すぎる。
カシオは元々ニガレーダ王国の公爵の生まれとはいえ、聖女さまと深く関わっていたわけでもなく――、この国は聖女さまに影響を受けながら、聖女さまの正しい情報を知らない。
聖女さまという存在が長期間存在し、そして聖女さまが没した国だからこそこのサーレイ教は恐らく大きな反応をこのニガレーダ王国に示している。
「この国が繁栄を極めたのは聖女さまのせいだ。聖女さまがこの国の王家に嫁ぎ、そしてこの国に聖魔法を行きわたらせこの国に幸福をもたらした。聖女さまがいた頃の国は、それはもう賑わい、皆が笑顔だったと大人たちは語る。
――聖女さまが生きていた頃の賑わいを。聖女さまがいた頃と同じ繁栄を。大人たちが望むのは、そんなニガレーダ王国だ」
過去の、聖女さまが生きていた頃を知る大人たちは当時の賑わいと、当時の繁栄を求めている。
「けど、俺はそれを望まない」
「はい。私も望みません」
――聖女さま像を真っ直ぐに見据えながら、宣言するようにグレッシオは言う。
「――俺が望むのは、聖女さまが居た当時の繁栄ではなく、聖女さまがいない状況で聖女さまが居た頃より繁栄させることだ」
「はい。それが一番よろしいかと。聖女さまがいた頃の繁栄を、第二の聖女さまのような存在を作っても意味はありません」
聖女さまが存在していた国。
聖女さまがいたからこそ、栄えた国。
そして、聖女さまが没したからこそ衰退した国。
――ニガレーダ王国は、聖女さまという一個人によって左右されていた。そしてこの国には、”聖女さまがいた国”としてのブランドしかない。
そのことを誰よりも自覚している。
自覚している、からこそ――。
「聖女さまがいなくてもこのニガレーダ王国は、やっていけるのだと示す必要がある」
――聖女さまの居なくなった国の王子さまは、聖女さまが居なくても――、いや聖女さまがいないからこその繁栄する国を目指すことを決意するのだった。
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