第二章 治癒師の活用と国境の騒動

.1





 ニガレーダ王国。

 聖女さま、ジョゼット・F・サードが没して、小国に成り下がった国。

 かつての繁栄が嘘のように、その国は滅亡の道をたどっている。





 たった一人でニガレーダ王国全ての治癒を可能にしていた聖魔法の天才、稀代の聖女。

 ジョゼット・F・サードが没し、久しく治癒師が存在しなかったこの国に、現在は二人の治癒師がいる。







 ――聖魔法の使い手である少年、ヨッド。

 ――薬の調合が得意な治癒師、カロッル。






 ニガレーダ王国の王太子であるグレッシオ・ニガレーダに奴隷として買われた彼らは、




「……流石に疲れた」

「人使い荒いわ!! どれだけ回らせる気なのかしら……」





 移動する馬車の中で疲弊した表情を浮かべていた。






 さて、何故彼らがそんな調子であるのかと言えば、ニガレーダ王国の国中を二人の治癒師に回ってもらうことを決定していたからだ。

 もとより、奴隷である彼らに主人であるグレッシオの命令を拒否する権利はない。



 ニガレーダ王国に辿り着いて二週間ほどは、ニガレーダ王国の王宮でまるでお客様のような生活を送っていた。

 美味しい料理を食べ、ふかふかのベッドに身体を沈める。——ニガレーダ王国のことを学んだり、王宮の人々と話したりということはあったものの、本当に自分の立場が奴隷なのか? と疑いたくなるほどの生活をヨッドとカロッルはしていた。




 この国の国民として受け入れたいという言葉も真実であるだろうし、良くしようとすることは本当なのだとほっとしたものである。



 しかし二週間が経過し、グレッシオは二人に命を下した。それはニガレーダ王国で治癒を必要としている者たちを癒してきてほしいと命が下されたのである。



 ニガレーダ王国の王家が技術を解放し、少なからず自分たちの手で怪我などの対応が出来るようになっているとはいえ、この国の国民達は正式に治癒師から技術を学んだ治癒師ではない。

 あくまで自分たちの周りの範囲を死ににくくするというそれだけしか出来ない。



 だからこそ本物の治癒師たちによる治癒が必要なのだ。





 そんなわけで馬車に押し込まれ、二人は護衛である騎士たちや身の回りの世話をする侍女たちと共にニガレーダ王国を巡っている。



 その移動や活動でヨッドとカロッルはすっかり疲れ切っていた。




 ヨッドもカロッルもこれだけ強行的な治癒行為を行ったことを初めてである。

 そのため二人とも疲れと、愚痴をこぼしていた。




 とはいえ、人使いが荒いと口にしながらもカロッルはこの扱いが奴隷にしては破格であることは自覚している。



 奴隷相手だというのならば、もっと死ぬまでこき使ってもおかしくないのだ。ヨッドとカロッルは、次々と移動させられ、治癒をやらされているとはいえ、休憩や自由時間がないわけではない。

 それに二人の体調が悪いようであるならば、治癒を切り上げることだってできる。



 奴隷であるというのだから、そういう時に無理やり死ぬまで治癒をやらされるという可能性も十分あったのだ。



 それにこの治癒行為というのは、無償で行っているものではない。もちろん国家予算として組み込まれているお金も使われているが、治癒を必要としているものからは対価を受け取っている。


 とはいえ、昔の聖女さまのことを持ち出す大人もいないわけではない。そういう者には、そもそも治癒を施すこともしない。



 グレッシオを含むニガレーダ王国の王家は、この国の死者を減らしたいと望んでいるが、それでもなんでもやす受けするわけではない。

 無償でなんでもしますよ、という行為は危険である。あくまで治癒というのは対価を得て施すものだ。




 ヨッドとカロッルも、無償で治癒を施したくなることはあるが――それはグレッシオの命により禁止されている。



 とはいえ、本当に貧しい人達というのは中にはいる。そういうものには、お金でなくても構わないので、何かしらの対価をもらい、あとは国家予算を使ったという形にして治癒を施すようにと言われている。






 それに護衛の騎士や身の回りの世話をする侍女たちを供につけてもらえているだけでもカロッルは良くしてもらっていると思える。

 ニガレーダ王国は、カロッルの目から見ても人材が少ない。その少ない人材をヨッドとカロッルのために割いたのは、それだけこの国にとって治癒師が特別で必要な存在だと言えるだろう。




 この世界で侍女を侍らせている存在なんて王侯貴族ぐらいなので、平民の出であるヨッドやカロッルにとっては十分すぎるほど好待遇である。



 だから次々と色んな場所に行かされ、人使いが荒い!! という不満はもつものの、ヨッドもカロッルもこうして治癒をしに向かう日々を受け入れている。




 ただ、聖魔法の使い手であるヨッドはカロッルよりも疲弊していた。



「大丈夫ですか」

「……だ、大丈夫です」



 そう答えるヨッドの顔色は悪い。馬車酔いをしたのだろうか――ともカロッルの頭をよぎったが、思えばスイゴー王国からニガレーダ王国に入る際はこんな風に体調を崩してはいなかった。



 あまりにもヨッドが疲弊しているので、馬車はよく休憩のために立ち止まって、その場で野営をすることもあった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る