第一章 聖女さまがいなくなった国の王子さま

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 聖暦888年。

 ニガレーダ王国の聖女さま、ジョセット・F・サードが没して、早二十年。



 大国であったニガレーダ王国は、小国へと成り下がっていた。






「くそ……どこから手をつけるべきか……」




 ニガレーダ王国の王都は、シュレバという名である。

 そのシュレバの北東に、ニガレーダ王国の王宮は存在していた。大きさだけは立派である。ニガレーダ王国の建国は四百年前に至る。その当時に建てられ、二代前の王――聖女さまがいた頃の全盛期だった頃の王が改修をしたものである。




 ……今はもう、ガタがきている部分を直すことさえもままならない。





 そんな王城のとある執務室。頭を抱えている一人の少年がいる。



 栗色のくせ毛と、栗色の瞳を持つ、少年。

 彼の名は、この国の王太子であるグレッシオ・ニガレーダである。




 今年十六歳になる王太子は、数年前からニガレーダ王国の国政に関わっていた。






 さて、今日もニガレーダ王国の王太子は、頭を抱えている。……この頭を抱えていることは日常的なことである。

 それだけ今のニガレーダ王国は問題を抱えているのだ。



「そろそろ休憩をなさってはどうですか?」

「いや、でも……相変わらず全然問題が片付かねーから」



 グレッシオに声をかけたのは、グレッシオが幼いころからの付き合いである若い侍女だ。

 ――名をマドロラ・フォスという。

 空色の髪と藍色の瞳を持つ少女だ。



 ニガレーダ王国というのは、多くの人種を受け入れてきた国である。その分、現在のニガレーダ王国に住まう国民を様々な人種が存在している。

 一つの人種だけではなく、例えば他の国では忌避されるような人種も受け入れ、混ざり合ってきたのがこの国である。


 元々ニガレーダ王国の初代国王は、様々な人種の側近を従えていたという。

 そして人種が違えど分かり合えることは出来る――と、その言葉を残していたとされる。

 その初代国王の意志を継いで、ニガレーダ王国は様々な人種を受け入れてきた。

 


 特に聖女さま、ジョセット・F・サードが存命したいた時代は行き場のないものたちが多くニガレーダ王国へと受けいられていった。



 さて、現在のニガレーダ王国は正直言って、民の受け入れどころではない。そもそも、弱小国家と化してしまったニガレーダ王国にわざわざ民になろうとやってくるものもまずいない。



「また、治癒師の問題ですか?」

「そうだなぁ……。治癒師、いないんだよなぁ、この国……聖女さまが全部やってしまっていたから」




 ため息交じりにグレッシオが告げる。




 この世界には魔法が存在する。聖女さま、ジョセット・F・サードが最も得意としていた聖魔法がそれにあたる。聖魔法を使い、聖女さまはあらゆるものを治し、あらゆるものを苦しみから解放した。


 ちなみに魔法を使わなくても、調合した薬を使って人々を治す薬師などもいる。


 色んな治癒の方法があるわけだが、総じて治癒師と呼ぶ。



 聖女さまはこの大陸でも唯一無二の治癒師であったと言える。




 ――この国には、治癒師がいない。



 何故なら、ジョセット・F・サードが生きていた時代において、あらゆる怪我や病をたった一人で聖女さまが引き受けいていたからである。



 聖女さまがこの国に嫁ぐ以前、この国には治癒師がいた。当たり前だが、それを生業としている治癒師たちは、お金をもらって治癒をしていた。

 それが仕事なので当然である。世の中には無償こそを正義と思っている人もいるわけだが、それでは生活が出来ないのが現実である。



 そんなわけでこの国でも普通に治癒師というものは、存在し、いきていた。



 その現状を覆したのが、聖女さまであったという。



 なんせ、聖女さまは博愛主義者である。誰もに優しくし、心優しい聖女さまとして知られていた。

 そんな聖女様は聖魔法の使い手だった。それも天才と呼べるほどの力を持ち合わせていた。



 そんな聖女さまが何をしたかといえば……、



「聖女さまが無償で全部治しちゃっていたのが数十年続いていたからなぁ……。生活が出来ない治癒師は他国へ流れてしまって、この国にはいない。そして今の微妙な現状のこの国にやってこようとするまともな治癒師なんていません! っていうな……あーあ、って感じ」


 無償で、あらゆるものを治した。

 聖女さまというたった一人がいるだけでこの国は栄え、誰一人困らなかった。

 たった一人で、国の唯一の治癒師となって、それで成り立ったのだ。



 もちろん、聖女さまという存在が無償ですべてをなおしはじめた頃はまだ治癒師はいた。ただし、聖女さまの名声が高まるにつれ――有償で治癒を行う治癒師は非難されていった。



 なぜ聖女さまは無償で治してくれるのに、貴方はお金をとるのか。

 困っている人を助けるのは当然ではないか。


 そんな非難をされ、仕事にならなくなった治癒師は、当然のようにこの国からいなくなっていた。



 聖女さまが生きていた十数年の期間は治癒師がいなくなるのに十分な時間だった。



 ――そして聖女さまが没したこの国に、まともな治癒師は戻らない。

 現在、微妙な立場に陥っているニガレーダ王国にわざわざやってくる治癒師など、法外な金額で治癒を行う治癒師や、治癒師を名乗りながらその資格を本来は持たないもぐりの治癒師ばかりである。




 

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