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デジチアの街へとグレッシオたちは向かっている。
行きよりも二人増えているというのもあり、グレッシオたちは馬車一つを丸々貸し切りしたような形で、乗り合い馬車に乗っている。
御者は乗り合い馬車の職員である。馬車の中で、グレッシオ、クシミール、ジョエロワが片側に並び、その反対側にはマドロラ、キャリー、カロッルが座っている。
馬車に揺られながら、彼らの間には他愛もない日常会話だけがなされている。
「グレ、デジチアの街へたどり着いたら何が楽しみだ?」
「そうだな。デジチアの街はウキヤの街よりも、甘味が美味しいって聞くからな。それが楽しみだな」
グレッシオはクシミールと共に、そんな会話を交わしている。
グレッシオは中々食べることが好きなので、デジチアの街へ向かうことは闇オークションの事を抜きにしても楽しみというのがあったりする。
デジチアの街に辿り着けば、闇オークションに参加することが決まっているわけだが、グレッシオたちの表情には一切の不安というものはない。
他国に出向いて、闇オークションに参加するわけなので彼らの心に不安が一切ないわけではないだろうが、それでも彼らはいつも通りの表情で、いつも通りの会話を交わす。
カロッルはやはり目の前にいるグレッシオたちのことがよく分からない。
カロッルは時折話しかけてくるマドロラに返事をしながらも、心ここにあらずといった様子である。
カロッルはグレッシオに買われてすぐということもあり、不安が大きいのだろう。
デジチアの街に到着するまでには、長い距離を移動する必要がある。一つ先の街とはいえ、乗り合い馬車の速度では森の中で一泊する必要性があった。
乗り合い馬車は三台ほど連なって移動していた。一つはグレッシオたちが乗っている馬車で、後の二台はデジチアの街へ向かうそれ以外の人々である。
ウキヤの街とデジチアの街は、交流が多い。
そのため、行き来する者たちも多いのである。
「グレ、これをどうぞ」
「ありがとう」
地面に座るグレッシオに、マドロラが飲み物を差し出す。
マドロラは携帯水筒を持ち運びしており、それをグレッシオに差し出していたのである。グレッシオに一番に水を差しだしたが、もちろん他の者たちにも水を配っている。
「明日にはデジチアに到着しますね」
「ああ」
デジチアの街でグレッシオたちの参加する予定である闇オークションが開催されるのは、三日後である。ぎりぎりの到着であるが、闇オークションの開催までにデジチアの街へたどり着けるということにグレッシオたちは安堵している。
――思えば、スイゴー王国のウキヤの街にやってきてからすぐに闇オークションへ参加できる切符を手に入れられたというだけでも、運が良かったのだろう。
そのようにグレッシオは考えている。
空はすっかり暗い。星が煌めき、月が昇る。赤色に輝く月は、神々が住まう場所だと一節では言われている神聖な場所だ。
闇の中で輝く赤い月――それはサーレイ教にとっても特別とされている場所である。
今も乗り合い馬車の一台に載っていた神父らしい男は、月に向かって祈りをささげている姿が見られた。
ニガレーダ王国に存在していた聖女、ジョセット・F・サードも月に向かって祈っていたのだとニガレーダ王国では伝えられている。
ジョセット・F・サードが満月に向かって祈る姿は『祈る聖女』というタイトルの絵画として残されている。その絵画は、過去にはニガレーダ王国の王城に存在していたが、旧王家が亡命すると同時に持ち出してしまった。
亡命者がおおくの美術品などを持ち出してしまったというのもあり、ニガレーダ王国にはあまり残っていない。
グレッシオは――というよりニガレーダ王国の現在の民は、そこまで宗教に深く染まっていない。慶淑な神官などといったものはほぼいないと言える。
ニガレーダ王国は一度崩壊しかけた国だ。旧王家が去り、混乱に陥った国だった。そんな国の宗教観というのは大分他の国とは異なるものだ。
月への祈りを終えたその神官は、一礼をして、食事を取っていた。
周りは神官に対してありがたやありがたやといった態度であるが、グレッシオたちは特に彼に対して思う事はないようで、必要最低限関わることもなかった。
その後、順番に彼らは見張り番をしながらも睡眠をとっていくことになった。
魔物除けの香は確かに効果があるが、全てに効果があるわけではない。それに加えて、女性がこういう場にいるというのは危険が伴う。女性の旅で異性に襲われるという例はある。
乗り合い馬車の他の二台にも女性が一人はいるが、一番女性の数が多いのはグレッシオたちの一行である。
特にカロッルは首輪から見て奴隷という立場なので、周りに侮られることは大きいと言える。
カロッルは馬車での移動で疲れているのかうつらうつらしているため、隣にいるマドロラが目を光らせていた。
カロッルによからぬことをしようと企んでいた者もいたものの、マドロラやクシミール、ジョエロワの視線にそれらは未遂で終わるのであった。
――そして一夜が明ける。
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