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 ニガレーダ王国では、聖魔法の使い手が体調を崩すことが分かってから、ムムとヨッドについて、記録がつけられることになった。

 

 ムムとヨッドにもそのことは、グレッシオの口から告げられている。

 ――ただ自分たちは観察対象であるという事実を告げられても、ムムもヨッドも嫌がらなかった。


 寧ろムムは幼い子供と共に、保護してもらえたのだからと協力的な姿勢を見せていた。

 ムムの体調は少しずつよくなっている。とはいえ、聖女さまのかかわりのあった場所では、体調を崩すというのならば、何故王城ではあのベベの街ほど体調を崩さないのかはいまだにわからない。




 ヨッドは自分が奴隷であるから、グレッシオの言うことを聞くとそんな風にぶっきらぼうに告げていた。





 そういうわけで彼らの記録は続けられている。





 分かったことはまだまだ少ない。

 このまま此処でムムとヨッドが過ごしていて、死に至らないとは限らない。そうなる前に、原因と対処法を探る必要があった。

 それと同時に国内で死亡した乳幼児の死亡原因を調べることもである。……とはいえ、こちらは難しい。



 この世界では幼い赤ん坊が亡くなるのはありふれたことである。ちょっとしたことで、赤ん坊は亡くなる。もうなくなった赤ん坊に聖魔法の適性があったかどうかなど、どうやって調べればいいのかもわからない。


 ――それに赤ん坊が亡くなったのは、聖魔法の影響だと告げたところでそれが信じられるとも限らない。

 そもそも聖女さまが活躍した土地で、聖魔法の使い手が体調を崩してしまう――なんて、過去にいた聖女さまを冒涜するような考えだ。




 事実がそうであっても、本当にそうであるなんて信じてもらえる可能性は低い。きちんとした事実と資料を持って、言葉で信じてもらうしかない。……それでも聖女さまが活躍したからという事実は伏せていたほうがいいのかもしれない。



 グレッシオたち――聖女さまを実際に知らない若者はともかく、聖女さまのことを実際に知っている大人たちにとって、聖女さまというのは英雄である。この国で最も尊き人。この国で名をはせた有名人。そんな聖女さまを悪く言うというのはやるべきことではない。




「……しかし本当に、聖女さまはこの国を良い意味でも、悪い意味でもかき乱している」

「そうですね……。聖女さまが存命中は問題がなかったかもしれないですが、聖女さまがいなくなった後のことを当時の人たちは考えていなかったのかもしれません。何事も聖女さまを中心として、聖女さまがいることを前提で進められていた。そんな国だからこそ、聖女さまがいなくなってこんな風になるのも当然と言えますが」



 グレッシオの独り言にマドロラが反応する。



 一人の存在に縋り、その一人の存在がいることを前提に全てを進める。その結果がこれである。




 聖女さまのことは分からないことが多いが、聖女さまが頭が悪い人間であったとはグレッシオは思わない。――この国で上手く立ち回り、聖女としての名を馳せ、誰もに慕われる、そういうことを成した存在がそのままでいられるわけがない。

 頭が回る者なら、自身がいなくなった後のことだって当然考えるとグレッシオは思う。




 会ったこともない聖女さまを買いかぶりすぎといわれてしまえばそれまでだが、グレッシオにはどうしても聖女さまが何も考えずにただ生きていただけの存在には思えなかった。




 だからこそ――、




「此処までくると、聖女さまがわざとそうしたって言う方がしっくりくる」




 そんな思考にさえ行きつく。




 そんなことを考えていると知られただけでも聖女さまを慕う者たちには何を言われるかもわかったものではないが、それでもグレッシオはこの場にいるのがマドロラだけだからこそ、グレッシオはそう口にする。






 ――このニガレーダ王国では聖女さまの偉業が伝えられていて、聖女さまのことを慕う者は多い。聖女さまのことを実際に知っているものも存命していて、彼らは一様に聖女さまのことを慕っている。


 聖女さまは、この国の王室に嫁ぎ、幸せに過ごしていたとされている。王妃となり、子供も生まれ、聖女と慕われたまま没する――その評価だけを見れば、聖女さまは幸せに生きて、そして死んだのだと思ってしまう。




 だけれども……本当に彼女が幸せだったのかは本人にしか分からないことである。




 最悪の可能性を考えるなら、聖女さまが自分の意志で今の状況を作ったなら――ということである。

 本当にそれを聖女さまが行っていたというのならば……、このニガレーダ王国をたてなおすことは難しい。





「聖女さまがわざとニガレーダ王国をこのようにしていたら……ですか。

 意図的にそのようなことを行っていれば聖女ではなく、魔女のようですね。そんなことを口にすれば国民に石を投げられ、最悪は殺されてしまいますよ」

「それは百も承知だ。でも俺はこの国の王太子だからこそ、最悪の可能性を考え、見たくもない現実も直視して進む必要がある。――聖女さまが本気でこの国を駄目にしようとして動いていたというのを前提に考えを進めて行こう。それで見えてくるものがあるならば、聖女さまはそういう意図を持っていたと言えるだろう」




 そう口にしているグレッシオは、すっかり聖女さまがそういうつもりで行動していたのでは? という思いに駆られていた。




「でも、本当にそうとは限らないでしょう。聖女さまが何も考えずにこういうことになってしまった可能性もあります。聖女さまは力の強い方だったといいますから、周りに利用された可能性もありますし」

「もちろん、それも考えて動くさ」




 聖女さまが、意図してこの状況を作ったのか、作っていないのか――それはこれからグレッシオたちが聖女さまについて調べていく中で明らかになっていくことであろう。



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