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 マドロラは、宿へと戻りジョエロワとカロッルとキャリーに声をかけ、宿を退所する手続きを進めた。



 それを終えれば、グレッシオたちと約束をしている乗り合い馬車の待合場所へと向かうことにする。


 マドロラ、ジョエロワ、カロッル、キャリーの四人は軽い足取りで乗り合い馬車の乗り場へと向かう。

 ――その途中で、一人の女性が、こちらを見ているのに気付いた。



 美しい金色の髪を持つ女性は、こちらを面白そうに見ている。……直感というべきか、マドロラはその女性の視線に早くここから去った方がいいだろうと感じた。




 マドロラたちは速足でグレッシオたちの元へと向かう。

 マドロラたちがたどり着いた時には既に、グレッシオたちは乗り合い馬車の準備をしていた。まずはウキヤの街へ向かい、そのまま国境を目指して進んでいくという計画である。



 非正規の奴隷商からの奴隷の購入、闇オークションでの奴隷の購入というものは行ったものの、それ以外は特に目立つことを一切行っていないので、このままニガレーダ王国に戻れれば良いとそんな風にグレッシオたちは思っている。




 目的は果たした。あとは帰路につくだけ――という状況である。



 グレッシオたちは三台連なる乗り合い馬車の一台に乗り込み、ウキヤの街を目指していく。



 



 行きと同じように道中で一泊することになったわけだ。既にキャリー、カロッル、ヨッドは眠っている。

 そんな中で、他の乗り合い馬車に乗っていた一人の女性が近づいてくる。



 ……その女性は、グレッシオたちがウキヤの街で見かけ、先ほどのデジチアの街でマドロラたちのことを見ていた女性である。

 グレッシオたちが馬車に乗り込んだ後、次の馬車へ乗り込んでいたらしい。



 グレッシオは見かけただけだが、なんとなくその顔を覚えていた。

 そしてマドロラは、デジチアの街でこちらを見つめていた女性がこの場にいることに警戒をする。




 女性は、そんな視線に気づいているだろうに躊躇いもせず近づいてきた。





「こんばんは」



 にこやかに微笑む女性は、頭には赤いバンダナを巻き、その服装は街で働いている町娘のようにしか見えない。


 だけど、ただの街娘ではないだろうということがグレッシオたちには考えられた。





「……こんばんは。何か用かな、お嬢さん」

「ふふ、少し興味本位で近づいただけですよ。そんなに警戒しないでくださらない?」



 楽しそうに微笑む女性は、そう告げる。




「私は面白いものが好きなだけですから。——ねぇ、ニガレーダ王国の王太子さん?」



 面白いものが好き、と口にしながら女性は、グレッシオの素性を口にする。



 それで警戒するなというのが無理な話だ。だけどグレッシオは、その表情や口調に一切の敵意を感じなかった。

 この目の前の女ならば、本当に敵対しようとしているのならば不意打ちで襲い掛かってくるだろうという確証さえも、初対面だというのに感じている。



 武器を手にしようとしているジョエロワたちに、グレッシオは手で制止です。




「それで俺の素性を知っている貴方は、何方だ?」



 グレッシオがそう問いかければ、その女性はまた笑いかける。





「初めまして。私は、このスイゴー王国の第五王女、リージッタ・スイゴー。よろしくお願いしますね?」



 そう言って小さな声で自己紹介をされ、流石にグレッシオたちも驚いた。まさか、こんなところに護衛もつけずにたった一人で王族がいるとは思わなかったからだ。



 ――虚言であるか? とももちろん考えたのだが、リージッタの言葉には嘘がないように感じられた。






「王女様がこんなところで何をしているんだ?」

「それを言うなら貴方もでしょう? 王太子がこっそり他国で何をしているんだか。まぁ、見ていて原因は分かりましたけど」



 ちらりとヨッドたちに視線を向けて、リージッタはそう告げる。




 ニガレーダ王国とスイゴー王国は、国交を持たない関係である。だというのに、こんな場所で、互いの王族が向き合っている。



 ニガレーダ王国の王族がスイゴー王国に入り込み、何かをしているというのは、スイゴー王国にとっては問題であろう。

 だからこそ、グレッシオもここでの目的を終えたら即急に帰還を果たし、王太子であるということを悟られずに行動をしようと考えていたのだ。



 それなのに、——スイゴー王国の王族に此処に居ることを知られてしまった。





「警戒はいらないわよ。特に貴方達はスイゴー王国を害そうと考えているわけでもなさそうだし。

 私はちょっとウキヤの街で裏通りが活発になりすぎていると言われたから、遊びに来ていただけだもの。そこでニガレーダ王国の王太子であるグレッシオ様を見かけたのには驚いたけどね?」

「……遊びにねぇ。リージッタ様は、よく俺の顔を知っていましたね?」

「ニガレーダ王国って、面白いでしょう? 元々聖女さまが存在していた国で、最も栄えた時は幸福の国なんて呼ばれていて、だけど今はすっかり寂れてしまっているなんて。だから今の王家も覚えていたの」



 含みのある笑みを浮かべて、リージッタは告げる




 ――幸せに満ち溢れた幸福の国。それは、ニガレーダ王国の過去の呼び名の一つである。なんせ、聖女さまが何でも治してしまい、病気や怪我というものとは無縁になっていた国だ。

 国全体にまで聖魔法の範囲を広げていたのにもかかわらず平然としていた聖女さまは真に化け物である。



 ニガレーダ王国の歴史というのは、歴史家にとっては興味深いものであると言われている。

 リージッタは、歴史的な一面でもニガレーダ王国を面白いと思っているようだ。






「こんな所までやってきて、小国でありながら牙を磨いている。それは面白いわ。私は実際にあって貴方のことを気に入っているわ。

 ――でもね」



 リージッタは笑う。

 




「聖魔法の使い手を持っていかれるのはちょっといただけないかな」




 そしてそう続けるのであった。



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