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「父上、お加減はどうですか」

「……今の所、調子は良い」




 その日、グレッシオ・ニガレーダが何処にいたかと言えば、王である父親の休養している部屋であった。



 このニガレーダ王国のためにと走り続けた二十年――、その無理をしていた時間は確かにカシオ・ニガレーダを蝕んでいた。長年の無理が溜まりにたまって、カシオは休養するに至った。


 カシオ・ニガレーダは、グレッシオとよく似ている。休養しているのもあり、衰えてはいるが、よく見ればその身体は鍛え上げられているものだと分かる。



 弱っているカシオの元へ、グレッシオは何度も顔を出す。



 それはたった一人の家族であるからと言えるだろう。グレッシオの母親はグレッシオが幼い頃にその命を儚く散らしてしまった。グレッシオが覚えているのは優しく微笑んでいた姿だけである。



 



「聖魔法の使い手と治癒師に行動をさせていると、聞いたが……」

「行かせていますよ。この国では治癒を必要としているものが山ほどいますから」



 カシオに無理をさせないためだろうか、グレッシオは分かりやすく簡潔に答える。



 カシオはグレッシオと会う時、この国の現状についていつも話している。この国を愛しているからこそ、調子が良い時はいつもニガレーダ王国の話ばかりしている。





 今はカシオは落ち着いているが、最初にグレッシオが聖魔法の使い手を奴隷として購入することが出来たと告げた時、カシオは茫然としていたものである。


 それはこの国に聖魔法の使い手――聖女さまがいた頃を知っているからこその、この国が長い間聖魔法の使い手というのがいなかったからこその、嬉しさと信じられない気持ちと、期待と――そんな気持ちが相まって、茫然としていたのだろうとは想像が出来る。






 聖女さまが居た国だからこそ、聖魔法の使い手というのはより一層特別なのだ。

 特に、聖女さまが生きていた全盛期の頃を知っている大人たちにとっては、聖魔法の使い手というのは希望の一つである。


 聖女さまが居なくなった後、全力を尽くしてきたカシオにとって聖魔法の使い手がいるというのは大きな一歩なのであった。



 グレッシオは、カシオの事を尊敬している。父親のこうした姿を見ると、聖魔法の使い手をこの地に足を踏み入れさせることが出来て良かったとそのように思ってならない。



 グレッシオにとって、カシオという存在は何処までも大きな存在だ。その背中を昔から見てきた。そしてその背中を見て、その偉大さを感じて生きてきた。——その父親がこうしてベッドに横たわっているのを見ると、王太子である自分がしっかりしなければならないとそれを思う。




「俺の体調も大分良くなった。そろそろ――」

「まだ駄目ですよ。父上は全快してから政務に携わってください」



 ――カシオは疲労がたまっている。聖女さまが没してから前を向き、走り続けたためだ。

 その疲労は計り知れない。

 カロッルに疲労に効く薬を処方され、以前よりも顔色が良くなっているとはいえ、長年無理してきた身体が全快するわけではない。



 聖女さまのような聖魔法の才能が振り切れいる――桁外れた力を持つ存在ならば、今のカシオのことをすぐに回復させられるかもしれない。しかしそれはあくまでも、聖女さまという存在が異常なほどの力を持ち合わせていたからに他ならない。







 カシオはすぐにこの国のために動こうとしてしまう。そのことを止めるのはグレッシオを含む周りの人々である。

 全快していない状況でまた無理をすればカシオは今度こそ限界を向かてしまうことだろう。



 ――この国が何一つ問題がないような安定した国であるならば、カシオはゆっくりと安静に過ごすことが出来ただろう。



 だけど、この国は――、多くの問題を抱えている。



 いつ国としての形が崩れてもおかしくない。

 そんな要素が多くある国である。



「父上の代わりに俺がなんとかするから、父上はゆっくり休んでいいんです」



 グレッシオは、真っ直ぐにカシオの目を見て告げる。安心させるように、問題なんて一つもないと告げるように。




 もちろん、この国は多くの問題を抱えていて、問題がないとは間違っても断言はできない。

 そのことはこの国の王であるカシオは十分に理解している。とはいえ、グレッシオの決意を踏みにじる気持ちは皆無である。



「……ああ」


 頷いたカシオを見て、グレッシオも微笑み、「では、父上、また」と告げてその部屋を去っていくのであった。






「あいつも、大きくなったなぁ……」



 心配はいらないと、堂々と言い放った自分の息子。グレッシオが去っていった後、カシオはそんな風に呟く。




 赤ん坊のころから育ててきた、小さかった自分の息子。自分が守ってやらなければならないとそう思っていた、小さな手の中にいた息子——、そんな息子が自分がこうして自由に動けない中で、立派に行動をしているのを見て、感慨深い気持ちになるのも当然と言えば当然であった。




 カシオのつぶやきに、グレッシオの事を昔から知る王宮に仕える人々は同意するようにうなずくのであった。






 

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