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 グレッシオは執務室の椅子に腰かけている。見ているのは、この国の資料である。王太子であるグレッシオのサインが必要な資料というのは多くある。



 この国はそれぞれの領地が独立している。まるで小さな一つの国と言えるのである。そのためこの国は他の国に比べれば、王家の仕事は少ないと言えるだろう。

 それぞれの領地が小さな国のようなので、独裁政治のようになる危険性はもちろん高い。


 この国が他国からの侵略の怖れなどがあるからこそ、この国の領主たちは独裁政治というのを引かれることは少ないというのが幸いなことだろう。この国は共通の敵や問題を抱えているため、この国の王侯貴族たちはまとまりを見せていると言えるだろう。



 グレッシオ・ニガレーダは、書類に目を通している。

 




「なるほどね」



 一つ一つ目を通して、見落としがないようにグレッシオは書類に目を通している。文官たちもすべてに目を通して、不備がないようには行っているが、グレッシオは見落とさないように見ている。




「どうかしましたか、グレッシオ様」

「隣国シィーリガンの国境付近で見慣れぬ者たちが見られているらしい」

「……それは心配ですね。隣国はこの国を侵略しようとしていますからね。何か企んでいるのでしょうか」

「まぁ、企んでいることは確かだろうな。あの国はこの国をつぶしたがっているから」

「何をまぁ執拗にニガレーダ王国を狙っているのでしょうね……」



 隣国シィーリガン国。それは聖女さまの血筋が亡命した国であり、ニガレーダ王国の亡命者を多く受け入れている国である。

 サーレイ教の勢力も幅をきかせていて、シィーリガンは聖女さまのことを信仰しているものも多いらしい。

 


 そんなシィーリガン国は、ニガレーダ王国の聖女さまが没してからずっとこの国の事を侵略しようとしている。



 ――シィーリガン国やサーレイ教の主張では、侵略ではないらしいが……ニガレーダ王国からしてみれば侵略としか言いようがないものである。




 落ち目であり、攻め入れば滅ぼせそうなほどに脆いニガレーダ王国は、領土を増やそうとしているシィーリガン国にとってはねらい目でしかないのだ。



 シィーリガン国はよく戦争をしている国である。数年前まではニガレーダ王国を侵略しようと戦争をしかけていたし、今は別の国との戦争に大忙しだ。

 グレッシオは王太子として隣国の歴史もある程度学んでいるが、シィーリガン国は昔から戦争を多くしてきた国だった。



 聖女さまが存命の時は、サーレイ教の聖女さまと敵対する気がなかったのか、ニガレーダ王国とは敵対関係にはなかったが、他の国とは当然のように戦争をしていた。

 ニガレーダ王国が平穏を保てていたのは、聖女さまの存在が大きい。





「他国と戦争中でしょう? それなのにシィーリガン国は動きますかね」

「分からないな。そのうちこの国をつぶそうとし始めるのは確かだとして……、それがはやいかおそいかだけの違いだろう」




 シィーリガン国は、このニガレーダ王国を侵略する事を諦めていない。これだけの時間をかけて滅亡に追い込めないのだからそろそろ諦めてほしいとグレッシオは思っているが、シィーリガン国はニガレーダ王国への敵対心を隠そうともしない。



 ――この敵対関係が終わるのは、ニガレーダ王国が亡ぶか、それとも絶対に滅ぼせないとシィーリガン国に思わせるか、どちらかでしか終着はしないだろう。



 グレッシオたちからしてみれば、自分たちの生まれ育った故郷で、大事な国が滅ぼされたくはないので、シィーリガン国を諦めさせる方向に進みたいと望んでいる。

 もしくは、シィーリガン国を逆に滅ぼすことが出来れば膨大な領地を手にする事が出来るだろう。ただしそれは現実的ではない話である。

 自国のことだけでも精一杯なこのニガレーダ王国に、他国を侵略する元気はない。そもそも進んで他国を滅ぼそうなどという気持ちはこの国にはない。




「それもそうですね……。そういえば、他国と言えばスイゴー王国ですが……、何か動きがあるかと思いましたがそんなこともなかったですね」

「ああ。そうだな。あの王女様が俺たちの事を本当に誰にも言わなかったのか、それとも俺達が接触する価値がないと思われているのか……、スイゴー王国と国交が結べたらいいんだがな」

「そうですね……。随分あの方はジョエロワは気に入り、楽しそうにしておりましたから、何も接触がないとは思わなかったですが。なんにせよ、敵対関係にならないならそれだけでもよいでしょうか……。スイゴー王国もシィリーガン国を敵に回したくはないでしょうし」

「そうだな。俺達がスイゴー王国と結ぶにしても、それは俺達がそれ相応の価値を示さなければならない。スイゴー王国はシィーリガン国とも貿易をしているし、あっちも俺達に味方してシィリーガン国を刺激したくもないだろう。しまったな、あの時、あの王女さまにそういう話でも吹っ掛けてた方がよかったか」

「……あの方ならそれも楽しむかもしれませんが、そういう軽率な行動はしない方が良かったと思いますよ」



 グレッシオとマドロラは、スイゴー王国の王女、リージッタ・スイゴーのことを話していた。



 興味本位で、楽しそうにグレッシオたちに接触してきた王女様。あの王女様が何かしらの動きがあるのではないかとは思っていたのだ。

 しかし、スイゴー王国側は何の動きもないのであった。



 

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