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グレッシオが執務室を後にして向かうのは、城下町である。王太子であるグレッシオの顔は、この小さなニガレーダ王国内で知れ渡っている。
王族と平民というものは、距離が遠いのが当たり前だろうが――、ニガレーダ王国はいつ滅亡してもおかしくないような国である。
昔は大国であったとはいえ、今はとても小さな国である。国一丸となって、この苦境に立ち向かわなければならない。
王だとか、平民だとか、そんなことを気にしていられる事態でもないのであった。
ニガレーダ王国の王都は、空いている店も少ない。二十年前の聖女さまの死により、この王都からも沢山の人々がいなくなった。
先代王家がいなくなった後に、王都の人々は先代王家に付き従ったものが多かったのだ。
現在、王都とはいえ、この場所はニガレーダ王国の中でも廃れた場所である。とはいえ、ニガレーダの父親であるカシス・ニガレーダの働きにより、少しずつ活気は出ている。……まぁ、まだまだ国内でも廃れていることには変わらないけれど。
「グレッシオ様だ」
「グレッシオ様、今日はどうなさいました?」
グレッシオは王都の民との距離が近い。これだけ廃れてしまった王都にまだ残ってくれている民たちには感謝しかないのである。
グレッシオは、聖女さまが生きていた時代の――、活気があふれていた頃の王都を実際に見たことはない。
今の、人気が少ない、見知った顔しかない王都しか知らない。
「何か困っていることはないか?」
何か問題が起こっていないかと、グレッシオはマドロラを引き連れて聞いて回っている。
この国に騎士はいるものの、必要以上に人数を割く時間はない。
グレッシオは「自分の護衛よりも他に割いて欲しい」と言って、大抵マドロラだけを連れてうろついている。
元々グレッシオの父親は、武力で名を馳せていた公爵であった。グレッシオも幼いころから父親から手ほどきを受けているので戦うことも出来る。
というか、そもそもどちらかというと内政というより、戦の方での方が役に立つだろうと言われていた公爵であったカシス・ニガレーダは王というより騎士出会った方がきっと活躍することだろう。
この小さな国は、ある意味崩壊しているともいえる。
貴族という貴族はほとんど先代王家と共に国の外に出て行ってしまった。この国に王はいるものの、元々の貴族はいない。
混乱に陥ったニガレーダ王国をそれぞれまとめて居るのは、元平民であった者たちである。
グレッシオは、王都——都というには人数が少なすぎるので王街や王村とでもいうべき規模かもしれない――そこで民の話を聞く。
その中でやはり一番の問題は、治癒師がいない事である。
「――亡くなりました」
前に王都を訪れた時には元気な顔を見せていた子供が一人亡くなったのだという。
屋根の修理をしていた時に、落下してしまったのだと。落ちた当初は元気な様子を見せていたが、打ち所が悪かったのか、なくなってしまったと。
――治癒師がいればそれは違ったことだろう。たった一人でも聖魔法の使い手がいたのならば……、違ったかもしれない。
けど、この国には治癒師はいない。
人が死ぬことは減っているとはいえ、それでもこの国の死亡率は他国に比べて高い。
「そうか……」
幾ら情報を公表しているとはいえ、怪我や病気のことに関してこの国の者たちは本格的に学んできたプロではない。
今までの経験や情報をもとに彼らは全力を尽くしている。それでもまだまだこの国の死者を減らすためには情報は足りない。
「王都の人口は増えも減りもしていないです。もっと数が増えてくれたらいいのですが……」
「そうだよなぁ……」
二十年前の、聖女さまが没した当時よりも混乱はなくなっている。この生活が当たり前になって、生活はなんとか出来ている。
それでもこの王都は発展していない。カシオが言うには、生活が危ぶまれていた時よりは、まともな暮らしが出来るようになったとはいうが、それでも活気あふれた当時には及ばない。
子供が生まれたとしても、生き残れる子供の数は少ない。
グレッシオが生まれた時も大変だったらしい。赤子であったグレッシオは覚えていないが夏風邪にかかり、死にかけていた時があったのだと。
王城や王都の大人たちは、その当時の事を知っているのですくすくと大きく育ったグレッシオを見て、自分のことのように喜んでいるのだ。
赤子というのは、とてもか弱い生き物で、どれだけ気を使ったとしても亡くなる時は亡くなってしまう。その結果中々人口も増えない。減る一方だった頃よりはマシと言えるだろうが、それでも増えないというのは問題である。
そんな話をグレッシオは、王都で聞いていく。
耳を傾けた民の声は、ちゃんと役立てていく。
グレッシオはこの国をまとめ上げている王の息子で、この国を継ぐ王太子という立場であるが、どちらかというとこの王都の領主のようなそんなイメージである。
王都以外のそれぞれの土地は、それぞれの長が治めていて、彼らの立場は王とも変わらないぐらい強い。カシオが彼らを従えているからこそ国という形を保っているが、グレッシオがその価値を彼らに示さなければ彼らはグレッシオに従うことはないだろう。
それが分かるからこそ、グレッシオはこの国と向きあっているのであった。
さて、グレッシオは王都の人々の話を聞きながら、王都を歩いていく。
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