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奇跡の街――ベベ。
聖女さまの加護があると言われ、体調を崩すもののほとんどいないと言われている。
そんな街だからこそというべきか、この街は聖女さまの加護が行き届いていない存在を認めない。だからこそ、常時体調不良を感じているムムの事をこの街の人々は認めない。
――もしかしてこれまでもムムのように体調を崩したものを見捨ててきたのだろうか。その結果、亡くなった人もいるのではないかと考えてカロッルは恐ろしくなった。
「……私は昔から体が強くなかったのです。だからこそ聖女さまの影響力が大きい奇跡の街にやってきたら私の体調も良くなるのではないかと……そう思って他国かっらこの街にやってきました。
けれど、この街にやってきて私は益々体調を崩すようになりました。でもここにやってくる過程で資金も尽きてしまい……、いざ働く事も出来なくなりました」
体が強くないからこそ、奇跡の街に行くことが出来れば自身の体調も良くなるのではないか。そんな期待を込めてムムはこの街まで子供を連れてやってきた。——けれど、この街を訪れても体調は良くなるどころか、むしろ日に日に体調は悪くなっていく。
「この街の人々は最初は私にも子供にも優しくしてくださいました。奇跡の街にいるのならば、きっと体調は良くなるとそんな風に言って、優しくしてくれていました。けれど、私の体調が中々良くならないのを見て彼らの態度は変わっていきました」
――徐々に、その態度は変容していった。
優しかった表情が、徐々に冷たいものに変わっていった。
働く事も出来ず、周りの助けも借りる事が出来ない――、そんな状況にどれだけ目の前の女性が絶望したのだろうか。
「この街に来て体調が悪化したということですか?」
「そうですね……」
「となると、この街の外に出た方がいいでしょう。……この女性を一緒に連れていっても構わないですか?」
カロッルはあくまで奴隷であり、カロッルに決定権というものはない。だからこそ侍女を振り返ってカロッルは問いかける。
このままこの街に居れば体調をまた崩すかもしれない女性をこのまま放置しておくわけにもいかない。
「構いません。グレッシオ様もこの街の状況を把握すれば、放っては置かないでしょう」
カロッルの目から見ても、このベベの街の現状は異様である。今までこの地に治癒師がいなかったからこそ起こらなかった問題。だけど、この地に治癒師を増やしていこうとそう考えているニガレーダ王国側からしてみればベベの街をそのままにしておくわけにもいかない。
ただ、これだけ聖女さまを絶対的として、それ以外の治癒師を認めないという態度が根付いている街が簡単に変わるとは思えない。
――このベベの街は、ニガレーダ王国の一つの課題と言えるだろう。
「よろしいのですか?」
「はい。問題ありません。それにこの街はニガレーダ王国にとっての一つの課題になるでしょう。この街から抜け出す手助けをする代わりに、この街の現状を王城で肩っていただきたいです」
侍女の言葉にムムは頷く。
そしてこの街に何らかの要因があり、ムムの体調が崩れているのならばこの地からすぐに離れた方がいいだろうということで、侍女と騎士たちが主導の元、彼らの転居手続きは進められていった。
このベベの街の人々は、それを聞いても誰一人悲しんだ様子を見せなかった。寧ろ、聖女さまに見捨てられている親子などこの奇跡の街には相応しくないと言わんばかりの態度だった。
思い込みというべきか、このベベの街は凝り固まった価値観で埋め尽くされている。この街で生まれた子供も同じ思想を伝えられ、それがおかしいことなど考えない。
結局の所、カロッルはこの街で求められてはいなかった。この街の大多数の人々は、治癒師を必要としていなかった。——その事実だけでもこのニガレーダ王国の中では異常なことである。
――それは何故なのか。
その謎に迫ることが出来れば、ニガレーダ王国のためになるだろう。
「……この街の事はグレッシオ様にきちんと報告をしなければなりませんね」
「そうですね。この街は異様です。この街がこのまま放置されれば、グレッシオ様が王になった時に障害物となるでしょう」
治癒師をこの国に増やすことを望むグレッシオ・ニガレーダ。
それに反するように聖女さま以外を認めないベベの街。
グレッシオは、聖女さまという存在の特別性を無くしたいと思っている。聖女さまがいなくてもやっていける国を目指そうと考えている。でもベベは聖女さまという存在をどこまでも崇拝し、聖女さまを忘れない。
そんな街と、グレッシオは相いれない。
――この街とはまた関わることになるだろう。
そんな予感を感じながらもカロッルは、侍女や騎士たち、そしてムムたちと共に、その街を後にするのだった。
そしてムムの体調がすぐれないというのもあり、一度カロッルたちは王城へと戻ることになった。
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