.10



 グレッシオたちは国境を越えようと歩いている。

 国交が正式に結ばれていない国なので、正式な乗り合い馬車なども存在しないのである。



 ニガレーダ王国からしてみれば、スイゴー王国と正式に国交を結びたいという気持ちはある。とはいえ、現在、国交を結べるだけの余裕も、差し出せるものも何もニガレーダ王国にはない。



 二十年前は、聖女さまがいた。たったそれだけのことでこの国は多くの交易を結べていた。それだけジョゼット・F・サードは特別な聖女さまだったのだ。






 国境付近には、関所がある。

 その関所をグレッシオたちは難なく抜ける。もちろん、ニガレーダ王国の王太子一行であることは悟られないように関所を抜けた。

 他国との国境なので、当然のように警備の兵はいるが、ニガレーダ王国はそれだけスイゴー王国に警戒されていない。他国と戦争をするだけの余裕など全くない――そんな国がニガレーダ王国である。



 ニガレーダ王国とスイゴー王国の隣接している面接は少ない。その小さな隣接部に割く警備兵は必要ないとでも思われているのかもしれない。ニガレーダ王国はそれだけ、現在、周りの国になめられ、気にも留められない国になっている。



 昔は、聖女さまがいる大国として知られた国は、もう見る影がない。



 聖女さまがいたから大国になりえた国は、

 聖女さまが没して小国へと陥った。




「やはり活気がありますね」

「そうだろうな」



 スイゴー王国へとグレッシオたちは渡った。



 スイゴー王国は、ニガレーダ王国とは違い、国力が高い国である。その国は海には面していないものの、森林や山と隣接していて、自然豊かな国である。また食の文化が豊かである。

 スイゴー王国は、堅実に国力を伸ばしてきた国である。





 聖女さまが存在した頃は、スイゴー王国は決して強国ではなかった。もちろん、強国が周りに居ながら生き残ってこられたという強さはあったが、目立ったところがあったわけではない。

 だけど、今はニガレーダ王国との国力さが当時の正反対になっている。




 それもニガレーダ王国が、聖女さまを擁する国として驕っていたからと言えるのかもしれない。



 グレッシオは生まれていなかったので、実際の姿は知らない。だけれども、きっと聖女さまがいるという幸福に浸り、それにおぼれてしまい、それ以上の何かを求めなかったのだろうとは想像が出来る。



 向上心を捨てなかったスイゴー王国と、現状に満足していたニガレーダ王国。

 その二国の差が広がるのも当然と言えば当然であった。




 スイゴー王国の国境沿いにある村。その村も、ニガレーダ王国に比べればにぎやかだった。それはこのスイゴー王国の王が、民の事を考えてスイゴー王国を統治しているという証であろう。




 スイゴー王国は、国民の気質が穏やかなようで、他国からやってきたグレッシオたちにも彼らは優しくしてくれた。とはいえ、ただ優しいだけではないようで、盗みを働いたものはこっぴどく罰せられていた。

 



 グレッシオたちも何か起こしてしまったら幾ら他国の王太子とはいえ、ひどい目にはあるだろう。ニガレーダ王国はそれだけ立場の低い国であるし、ニガレーダ王国よりも国力の高いスイゴー王国を相手にそんな真似をするわけにもいかない。





「それでどこに向かいますか?」

「奴隷商を探したい。それにはあれだな……、もう少し北にいったウキヤに向かうぞ。そこだと奴隷商がいるという情報は得ている」



 ニガレーダ王国は小さな国で、人手も少ない国だ。とはいえ、生き残るためにも隣国への諜報活動も最低限は行っている。

 その情報収集の中で、奴隷商の情報も集めることが出来ていたのだ。他でもないグレッシオが求めていたので無理をしてでも情報を集めてくれていた。






 聖魔法の使い手をなんとかして、ニガレーダ王国に置いておきたいというのはグレッシオだけではなく、ニガレーダ王国の総意でもある。各国は聖魔法の使い手を手放さないので、普通の手段では、聖魔法の使い手を国に置く事は出来ない。

 いや、聖魔法の使い手でなかったとしても、治癒師と呼ばれる存在が少しでもニガレーダ王国に居てくれたら……と思っているのだ。







 ウキヤの街までは、馬車で向かえることになった。商売のために、移動している商人の馬車に乗せてもらえることになったのである。

 グレッシオたちが幾ら体力があるとはいえ、長時間歩くよりも馬車の方がずっと楽である。






 馬車の中では、同じように商人の馬車に乗せてもらっている旅人や、乗せてくれている商人たちと会話を交わしている。

 ちなみに、もちろん商人に乗せてもらう馬車というのは無料で乗せてもらうわけではない。何かしらの対価を払って、交渉をして乗せてもらうのが常である。



 旅人は硬貨を払い、乗せてもらったらしい。

 グレッシオたちはいくばくかの硬貨と、途中での護衛を承った。王太子が護衛を承るなんてと思われるかもしれないが、まぁ、そこはグレッシオだからというべきだろうか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る