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ベベの街へと到着する。この街で祈りをささげる人が他よりも、少しだけ多いように思えた。
この街は元々、聖女さまに対する信仰が根付いていた。大きい教会が存在していて、この街には聖女さまに対する感謝の気持ちを忘れないようにと、皆が祈りをささげていたのだという。
その大きな教会には、何度も聖女さまが訪れたことがあったのだという。ただそんな教会も、聖女さまが没して、聖女さまの血筋がこの地を去り、サーレイ教がこのニガレーダ王国から去る時にその教会も破壊され、ほとんどの物を持っていかれてしまった。
そのためこの街は前よりは活気がないと言えるだろう。ただそれでもこの街は、カロッルが見てきたニガレーダ王国のどの町よりも、人々の顔が明るかった。
聖女さまに対する感謝の気持ちを口にするものも多く、聖女さまの逸話を語るものが沢山いる。
ただカロッルが治癒師だと聞くと、彼らの態度は少しだけよそよそしくなった。その理由がカロッルにはよく分からなかった。
宿に辿り着いて、一息つく。
――カロッルのことを治癒師と知って、周りの人々の態度がよそよそしくなった。このニガレーダ王国には治癒師が居なかった。だからこそ、治癒師が訪れれば喜ぶ人が多かった。
だというのに、この街は何処か異質で、戸惑う人の方がおおそうだった。
夕刻になってたどり着いたので、今日はこのまま休んで、翌日から治癒師として活動することになっている。
だけど、この街で治癒師として動くことに不安も感じてしまう。
「カロッルさん、もうお休みですか?」
「いえ、まだ起きてますよ」
部屋の外から侍女に声をかけられて、カロッルはそう答える。
そうすれば、侍女が部屋の中へと入ってきた。
「この街には私も二度ほど訪れたことはありましたが、このような態度に出るとは思いもしませんでした。この街は聖女さまに救われた過去があり、聖女さまのことをどこまでも特別に思っているのだとは思いますが」
「……特別視しているから、治癒師によそよそしい態度をするのはなぜでしょうか」
「話を聞いてみましたが、聖女さまに救われた経験があるからこそ、聖女さま以外の存在を認めないといった考えを持つ者が結構いるみたいですね」
「……なんですか、それ」
「私もこのベベの街がそういう思考を持つものたちが沢山いるなどは思ってもいなかったです。でも治癒師であるカロッルさんにそういう態度をする人が多いということは、そのような思考の者達が多いというのは事実でそう。治癒師以外には普通のようなのですけど……」
聖女さまに救われ、聖女さまの威光が光っていた街。
だからこそ、この街の人々は聖女さまに敬愛の気持ちを持ち、聖女さま以外の治癒師を認めないという考えがあるらしい。
「この街を含む幾つかの街をまとめている領主は、聖女さまに対する敬愛がここまでないので、私たちとしてもまさかこの街がそのような考えに染まっているとは考えもしませんでした。あとはこの街が他の街に比べて死者が少ない街だからというのも理由があるでしょうが」
「しかしそれにしてもグレッシオ様が連れてきた治癒師に対してこのような態度を行うなんて……問題ですね」
侍女二人がそのように会話をするのを聞きながらカロッルはどうしたものかと悩んでしまう。
この国は治癒師を欲していた。それは確かである。だからこそ、グレッシオはわざわざ他国に出向いてまで、治癒師を購入した。
今まで訪れた場所は、皆、治癒師が訪れたことを喜び、感謝していた。
でも国という巨大な集合体の中において、治癒師を疎む存在もいるのである。
カロッルはこれまで訪れた場所で一様に受け入れられてきたので、こんな態度を去れるとは思っていなかったが、考えて見れば当たり前のことであった。
――これからももっとこういう場所に訪れる可能性があるというのならば、覚悟しておかなければならない。騎士たちがついていて、危険は少ないとはいえ、何が起こるか分からないのだから。せめて自分の身は自分で守るようにしないと。
ニガレーダ王国内は、治癒師に対して基本的にあたりが強くはない。治癒師がいることに感謝はしても、疎むことはほとんどない。グレッシオ自身も、ベベの街がこういう思考に染まっていることは知らなかっただろう。
今まで治癒師が此処を訪れることがなかったからこそ、こういう一面がベベの街にあることを誰も理解しなかったのだ。
「カロッルさん、折角治癒を行うためにベベの街に来たのに、ベベの街のものたちがすみません。明日、このベベの街で治癒を必要としているものたちがいるかどうかを確認して、その後はこの街を即急に去りましょう」
「それでよいのですか?」
「はい。大丈夫です。私たちが優先すべきなのは、カロッルさんの身の安全ですから。カロッル様の身に何かあってから焦っては遅いですから……」
侍女たちに下された命は、この国を治癒して回る治癒師たちの補助である。そして、治癒師であるカロッルの身の安全を守ることだ。
わざわざ王太子が他国に出向き、購入した治癒師を危険に晒すわけにもいかない。
「流石にグレッシオ様の購入してきた治癒師に対して、害をなそうとするものはほとんどいないと思います。この国は王家の力が他国よりは小さいかもしれませんが、それでも王太子であるグレッシオ様を敵に回そうと思っている者はほぼいないでしょう。しかし、中には例外もいます。治癒師に対してあのような態度を行う街ですから……、誰かが治癒師に対して何かを行えば、それに倣って皆が害をなそうとする可能性もあります。この街には長くいない方がよろしいでしょう。そしてヨッドさんが此処を訪れる事がなかったことは良かったことだったかもしれません。聖魔法の使い手ではない治癒師にもこのような態度なら、聖魔法の使い手であるヨッドさんには彼らがどんな態度をしたかもわかりません」
「……そうですね。この街の人々全体が私に何かをしてくる可能性もあるということですよね。なら明日様子を見て回り、治癒が必要ないというのならばすぐに去りましょう」
侍女が真剣な目をして告げた言葉に、確かにその可能性もあるかとカロッルは頷くのだった。
――このベベの街で、治癒を必要としているものを探すこともどうなるのだろうか。
そんなことを考えながらもカロッルは眠りにつくのだった。
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