第23話 狸のお宿にご一泊。

「あいやー、雨が強いからね。さあ、入んな。昨日の内に来ると思ったけど、道にでも迷ったのかい。まあ、いいか。とにかく、さあ、入んな。雨に濡れて冷えるだろ。心配しなくてもとって食いやしないよ。大体、人族なんか食べたって美味しくないだろうに。ここはこの村で唯一の宿だ。遠慮することないよ」


 人の良さそうな笑みを浮かべて狸が二人を手招きする。顔は狸なのに感情が分かりやすい。彼女はコートの代わりにエプロンをつけている。裸にエプロン。全身けもくじゃらなので、裸という表現が正しいかは分からないが。リュウとエレンはお互いに顔を見合わせる。


「どうする?」

「まだ、昼前だ。宿に泊まる必要も無いだろう」


 警戒心もあらわにエレンが一歩身を引いた。


「まあ、隣の町まで半日も歩けば付くだろうけど、この雨の中無理しなくても良いだろう?明日には晴れるかもしれないんだ」

「いや、明日も雨だ」

「おんや、そんなことが分かるんか?まあ、なおのことゆっくりしていきなって。ほら、雨がまーた強くなってきたよ」


 彼女が言うように、雨音が激しくなりコートを叩く雨粒が大きくなっているのが肌身にしみて感じられる。


「入ろうぜ」

「しかし…」


 リュウは見張りの横を通り抜けたときと同じように彼女のコートを引っ張り、狸である宿の女将さんの手招きする方に進む。すると彼女はうれしそうに目じりを下げて、先に室内へと身を滑らせる。宿の中は、外から見たとおり和風な感じのつくりで、火のともった囲炉裏まであった。雨で冷えた体が温まる。リュウは着ていたコートを脱いで、表面の雨を外に向かって弾いた。防水性は十分だけど、どうしても顔や足元など雨の防ぎきれない場所はある。


「さあさ、コートを預かろうか」


 女将さんが伸ばす手にコートを預けて干してもらう。エレンも観念したようにコートを脱いで、彼女に預けた。


「それで、一泊いくらになりますか。それと、アルバイン大陸のお金は使えるんでしょうか?」

「ああ、そうさね。こことはお金が違うか…でも、金貨は金貨だろ?この家の三軒となりに両替屋がいるから彼に相談するといい。でも、この雨だ。後でうちに寄るように言っておくから、まずは部屋でゆっくり休んだらどうだい?」


 そういって案内された部屋はビックリするくらい普通の和室だった。普段の利用客がリュウとは比べ物にならないくらい大柄な魔族だろうから部屋の大きさは二人で寝るには広すぎるくらいだ。


「すまないが、もう一部屋用意してもらえないだろうか?」

「ん?なんだい?一緒じゃ駄目なのか?まあ、いいけど、宿代は倍だよ」

「構わない」

「ちょっと、待ってくれ」


 二部屋目を取ろうとするエレンに待ったをかけると、リュウは彼女を部屋の隅へと連れて行くと小声で相談する。


「魔族の宿だぞ。部屋が別だと、いざというとき危なくないか?」

「それはそうだが…そもそも、君は彼らを信用しているのではなかったのか」

「だから、いざというときだよ。万が一の話だ」

「そういうことなら、仕方ないか。だが、くれぐれも変なことは考えるなよ」

「変なことって何?」

「そ、それは…その…」


 リュウが素知らぬ顔をして聞き返すと急に恥ずかしそうにエレンが顔を赤らめてもじもじする。


(おいおい初心だな。滅茶苦茶可愛いな。ちくしょー。勇者様は処女ですか?あれか、処女性を失うと勇者としての力も失うのか?っていうか、男経験ないくせに朝のあの無防備なパジャマ姿は何なんだっての!!むしろ、相部屋は俺の方が危険じゃないのか。抑えれるのか俺!!まあ、力ずくなんて不可能、瞬殺だろうからな)


 苦笑する。


「で、どうするんだい?」

「同じ部屋で構わない」


 エレンの返事に、女将さんは満足したように頷いて部屋の鍵を渡すと、食堂やお風呂のような設備について説明する。どうやらここには温泉が湧いているらしい。

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